てぃ〜たら〜てぃ〜てぃ〜てぃらた〜 てぃ〜らてぃてぃてぃ〜(オープニング曲)


すくすくいぬふく「六月」


text by くわね(kuwane@fc4.so-net.ne.jp


 天気予報によれば、一週間ほど前に梅雨に入ったらしい。
 だが、ここの所天気はそれを裏切るかのような挙動を続けている。
 気温は25度を超え、雨のあの字も出てこない。
 だからといって乾いていればまだ過ごしやすくもあるのだが、いかんせん湿度だけはここが日本であるということをイヤと言うほど主張している。
 朝食を終え、マルチが食器を片づける音をバックにテレビを見ていると、今日も暑くなりそうです、と天気図をバックにしたお天気レポーターが笑顔で言っていた。
 思わず、はぁ。と、ため息をつく。
 ここは一つ、屋内プールにでも行くか。
 一度決めると、その後は早かった。
 とりあえずあかりと雅史に電話。志保は、まあいいだろう。うるさいし。
 雅史は大学に入っても相変わらず続けているサッカーのおかげで捕まらなかったが、あかりは捕まえることが出来た。
 一時間後にあかりの家に迎えに行くことにして、俺は受話器を置いた。

 マルチとチョビを連れてあかりの家についたのは予定から5分遅れてだった。もっとも、準備が終わってない、というあかりにそれからさらに10分待たされたのだが。
 左手にナップサックを提げて階段を下りてきたあかりに、遅い、と文句を言うと、だって浩之ちゃんすごく急なんだもん、と予想通りの返事。
 そういえばさ、とあかりは言葉を続ける。
「プールって、どこのプールに行くの?」
「決めてない」
 俺はきっぱりという。だが、あかりは全く動じない。
 あかりは、そうだろうと思った、とため息混じりに言うとナップサックのポケットから、新聞屋さんに貰ったという最近2つ向こうの駅の近くに出来た新しい屋内プールのタダ券を4枚出してみせた。
「おお、さすが」
「『さすが』じゃないよぉ。まったく。マルチちゃんも大変ね。浩之ちゃんみたいなのがご主人様で」
「そうでもないです〜」
「そうな………あれ?」
 マルチにさらに何か言おうとしたあかりが疑問符を頭の上に浮かべる。
「チョビ、連れて来ちゃったの?」
 タオルなどが入ったマルチの手提げカバンの中から顔だけ--すこし表現が怪しいが、上手い表現が見つからない--出したチョビに気がついたらしい。
「こいつだけ家に置いてくるわけにも行かないだろ」
「だってプールって普通ペット禁止じゃないの?」
 沈黙。
「そのときはわたし、外で待ってますから」
 マルチが口を開いた。
「いいのか?」
「はいです」
「ということでまた一つ問題が解決したな」
 あかりは大げさにため息をついてみせる。
「マルチちゃん、ほんと、大変ね」
「にょ」
 何故かチョビが、一つ鳴いた。

 普段とは反対方向に電車に乗って10分。そこから少し歩くと、目的のプールだ。チョビにも少し運動させようと、カバンからおろして歩かせることにする。
 綺麗に整備された歩道には、街路樹も植えられてはいるものの、それらは皆まだ若く、心地よい木陰を作るには至っていなかった。
 プールの建物が見えてきた辺りで突然、チョビが止まった。
 最初にそれに気がついたのはマルチで、どうしました?、と声をかけたがチョビは4つの足をつっぱるばかりであった。
 しばらくして、その原因が分かった。
 プールの方から少し早いスピードで犬福がやってくるのが見えた。
 その、胴体に青いリボンのようなものを変な巻き方で巻いた犬福もチョビを見つけたらしく、2mほど手前で止まる。
 にらみ合いをそのまま眺めていたら、両者が動いた。
 そして、ぶつかる。
 勝負は一撃で決まった。
 青いリボンを巻いた方が、チョビに中段(たぶん、そう言って間違いない)を叩き込み、チョビはぐるぐると目を回していた。
 そこで初めて、状況が意外とシャレになっていないことに気がつく。
 マルチはあわててチョビの元に駆け寄り、あかりも、少し遅れて俺もそれに続く。
 チョビを倒した犬福は、なにか勝ち誇ったようなポーズを取っていた。
「大丈夫ですかぁあぁぁあ」
 マルチがチョビに呼びかけていると、プールの方から、あああっ、というどこか聞き覚えのある女の子の声がした。
 声の主は俺たちの方に駆け寄ってくると、ごめんなさい、ごめんなさい、と繰り返した。どうやら、先ほどの犬福の飼い主らしい。
 文句の一つでも言ってやろうと顔を上げると、それは意外な人物だった。
「葵ちゃん?」
 そう呼びかけると、腰を深く折って頭を下げていた彼女は一呼吸置いて顔を上げる。
「藤田先輩…」
 そして、また、頭を下げる。
「ごめんなさい、先輩の犬福にうちのケンが乱暴しちゃって………」
 そう言って葵ちゃんは足元のケン、というらしい犬福の頭を軽く叩くと、腕に抱えた。
「本当に、ごめんなさい」
 俺はこのままではいつまでたっても謝っていそうな勢いの葵ちゃんに、もういいから、と言って話題を変えた。
「葵ちゃん、プールに行って来たところ?」
「はい、体力をつけるために通っているんです」
「ああ、そういやこの前の大会、惜しかったね」
 三年になったというのに、彼女はまだエクストリームを続けていた。この前の大会ではベスト8に進出し、その筋では一躍有名人になっていた。俺も一応エクストリーム同好会の立ち上げに関わった身として、雑誌やTVの情報はチェックを続けているのだ。
 俺と葵ちゃんは、しばらく立ち話をした。部員は、ちょっとずつですけどちゃんとやってくれる人が増えてます。へぇ、そりゃよかった。はい、これも先輩方のおかげです。
 少ししてチョビが回復したので途中からあかりとマルチも会話に加わった。
 別れ際、葵ちゃんに一つ聞いた。
「犬福って成長すると、色々な種類になるらしいんだけど、葵ちゃんのは?」
 彼女は少しだけ照れくさそうに言った。
「はい、カラテ福です」
 そこで初めて、俺はケンという名の犬福の胴に巻き付けられたリボンの結び方が少し変わっている理由を納得した。




つづく







Post Script
「すくすくいぬふく」ではこういうコメントをつけるのは2度目ですね。
 今月は今までで最長です。容量にしておよそ4.8KB(本文のみ)。それはまあ、どうでもいいことですが。

 6月、ということで田宮さんイベントが元ネタですが、彼女を葵ちゃんにする、というのは結構当初からのアイディアで、少なくとも先月の長谷さんをレミィにすることよりは計画的な行動です。
 なお、カラテ福の名前は最初、極真関係から取ろうと思っていたのですが、よく考えたら総裁と八巻ぐらいしか知らなかったのでやめました。で、分かりやすくケンなのです。リュウじゃないのは、犬だからです。
 カラテ福にはもう一つ使うのをやめたネタがあって、鳴き声が「押忍」だという(笑)
 また、極真ではどうか知りませんが、少なくとも同じ極真系の葦原空手では青帯は6級なのだそうです。

 押忍(笑)



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