善悪の境界、皆浄土なり。
外に求むべからず、厭べからず。
ONEからさめない
#18 火の精をつれて
今にも雪が降ってきそうなくらい寒かった外にくらべると大分蒸し暑い、熱帯温室の中。
怯える鳥達の声と羽根の音を聞きながら、わたしは、「肥料」と書かれた白いビニール袋に火をつける。
大丈夫、すぐにはなしてあげるから。
ビニールのとけるイヤな匂いと白い煙、そして袋の中のものが燃える赤い炎。
軽く煙を吸い込んでしまい、私はせき込む。
足元には、いつのまにかジョイがいた。
どうやってかはしらないけれど、追いついてきたらしい。
「ジョイ!」
ふいに背中から、声がかけられる。
ジョイが大きく一つ吠え、それでわたしも振り向くと、耳か、それより少し高い位置で髪を二つに分けた女の子だった。きつい目が、私を見つめている。
その子が腰を落として手を広げながらジョイに、おいで、というとジョイは勢いよくそれに向かって走りだし、その腕の中できちんと止まった。
ふさふさしたしっぽが、元気よく動いていた。
「ジョイ、分かる。私。留美だよ。探したんだからね」
るみ、と名のった女の子の言葉に、わん、とジョイの返事。
そしてその子はようやく私に声をかける。
「詩子、じゃないよね。あなた、誰なの?こんな所で、なにしてるの?」
「わたしは、まゆ。動物園に、火をつけているの」
そう答えると、どうして?と困惑した声が返ってきた。
わたしは迷わないで答える。
「だって、浩平のことばだもの。浩平がくれた、ことばだもの」
「浩平って、あなたもノートを読んだの?」
わたしはそれには答えない。
「だって、浩平の声が聞こえたんだもん!」
そう。
ノートからは確かに、いなくなってしまった浩平の声がしたのだ。
とてもなつかしくてあたたかい、浩平の声がしたのだ。
その声をもっと集めなきゃいけない。だから。
「だから、声を集めるために火をつけるの!」
そう言いながら私は扉の中にむけて走り出した。
つづく
Go to Next
Return to ONE SS
Return to Top