あったかも知れぬものとあったものとは
つねに現在であるひとつの目的をさしている。


ONEからさめない


text by くわね(kuwane@fc4.so-net.ne.jp

#20 手をのばして

 正直なところ、園内を動きまわりながら僕は途方に暮れていた。
 僕が途方に暮れている一番の原因は、そろそろ撤収しなければならないというのにみさき先輩とはぐれてしまったということだ。やはりずっと一緒に行動するべきだったと考えても、もう、後の祭りだ。
 ふと、"be at a loss"というイディオムを思い出し、自分に対してどうしようもない気分になる。
 ただなぜだか、彼女が動物園を管理する側に「保護された」という気はせずに、どうにか「逃げて」いるのだという確信があった。
 もしかしたら、僕たちの他に存在するはずの「同志」とどういう偶然にか合流しているのかもしれない。
 そこまで考えたとき、それが事実であるということに気づかされた。
 少し向こうの建物のの影から、みさき先輩が長い髪をゆらして、やはり髪の長い誰かの肘につかまって小走りに、炎のためだろう、内側からオレンジ色の光を発している熱帯温室の方向へと移動していく様子が見えた。
 今ここで追いつかなければ、もう会えない、という、半ば強迫観念めいたものにつき動かされた僕は、周囲を軽く確認して走り出す。
 そしてあっけないほど簡単に、二人組に追いついた。
 先行していた女の子の肘を掴んでいない側の先輩の手に触れる。
 小さな声を上げて先輩が立ち止まり、もう一人の少しきつい目をした女の子も、立ち止まる。
「先輩」
 小声で呼びかけると、彼女は「シュン君!」とやはり小声で返した。
 次の瞬間、全く同じタイミングで僕は再び「先輩」といい、女の子は「ねぇ」と口を開く。
 思わず黙り込んだ僕らに、先輩だけがくすりと小さく笑う。
「シュン君、この子ね、しーこちゃん、ていうの」
 それだけで、僕にも彼女にも十分だった。
 少なくとも、僕は彼女が「同志」の一人であることは分かったし、彼女は彼女で何かに納得したような表情を浮かべていた。
 今度はその「しーこちゃん」と呼ばれた少女が先に口を開いた。
「立ち話は、あとにしましょ」
 全然同意するね、と応えた僕は、何かにたどり着こうとしているように見えた彼女に、追従する旨を伝えた。
「じゃあ、ついてきて。まゆって子、知ってるんでしょ」
 僕はただうなずき、先輩の手を取って彼女の後に続いた。



        つづく







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