―地球は回り
答えはまだ見つからないまま
銀幕には映像が次々と現れる


終わりの季節


by 涼(a_saito@din.or.jp


Vol4 "I'm Searchin'"

入れられた部屋は、非常に殺風景なものだった。
ドアは、私の入ってきたほうと、その正反対側に一つ。
窓はない。
中にある物と言えば、大きな机一つと椅子が十数個。それだけだった。
そして、その椅子に座っている十人程度の信者と、
立って何やら作業している黒服の男が二人いた。
男のうちの一人が信者に向かって話し掛け、それに対して信者がある者は大声で、
別の者は小声で返答し、もう一人の男がそれを聞いて紙に何かを書きつけている。
大体話は三分程度で終わり、それが終わると信者はもう一つのドアから出て、
席が一つづつ奥にずれる。
そして、また新たな信者が入ってくる。
(事務処理か・・・或いは簡単なテストか・・・)
何をされるのか、その怖さはあったが、
私はそれなりに興味を持ってその男や信者たちを観察していた。
この人達には、今までそれぞれ全く違う人生があったのだろう。
しかし、それが今こうして同じ場所で同じ事をしようとしている。
何が彼らを結びつけたのだろうか?彼らは何を望んでいるのだろうか?
他人事のように眺めていると、一際大きな声が耳に入ってきた。
「みさおを・・・みさおを・・・」
耳を疑った。そしてその姿を見て、目を疑った。
(折原の、おば様・・・)
確かに私はその人を知っている。
冷静さを保っていた、或いは装っていたものが崩れていく。
男が来た時、私はあらぬことを呟いていた。
呟いているつもりだったのだが、周囲が騒然としてくる。
どうも大声になってしまっているらしい。
それを判っている冷静な自分はまだ少し残ってはいたが、
それも今までの出来事についてのすべての混乱が
まとめて襲ってきたかのような状態に、殆ど押し流されていた。
「浩平・・・消えないで・・・忘れないから・・・だから・・・」
お姉ちゃんが制止するのがわかる。
でも私は構わず続けていた。
「私が何をしたの? 何故皆私の前から消えていくの?」
私の口に、何かが当てられる。
そして、私の意識は闇へと沈んでいった。

目覚めた時、私は小さな部屋の中にいた。
広さは六畳程度、周囲は灰色のコンクリートに囲まれ、入り口は一つで窓もない。
入り口の逆側には、シャワールームへのドアが開いているのが見える。
・・・まるで、軟禁されているかのようだ。恐らく、それは事実だろうが。
そして、私の横には少年が立っていた。
「あっ、目覚めたようだね」
のんびりとした口調。
明らかに信者たちとは違う。そう、彼らにはない余裕のようなものが感じられる。
私は身構えた。そして、厳しい目つきで睨みつける。
「あなたは、何者?」
少年は、軽く手を挙げて振りながら、笑いかけてきた。
「そんなに警戒しないでいいよ。僕の名は、氷上シュン。
少なくとも現時点では、君の敵じゃないから」
「えっ、シュン君?」
「うん。そう呼んでもらえるとありがたいな」
どうも意図とは違う受け止め方をされてしまった様だが、
余計なことは言わないことにする。
・・・確かにシュン君だ。
然程面識があったという訳ではないし、知っているのも高校二年の時の彼だけだ。
それでも、そうだと何故かはっきりとわかる。
「・・・宜しく。シュン君」
私は、そう言うより他になかった。
顔は少し引き攣っていたかもしれない。
ああいう言い方をされると、余計警戒してしまうのは仕方のないことだろう。
しかし、シュン君は気にする風もなく、
「うん。こちらこそ宜しく。あっ、そうそう、君のお姉さんだけどね、
クラス違うみたいだから暫く会えそうにないね」
すっかりお姉ちゃんの事を忘れていた。
気まずい部分があって、私はまくしたてる。
「それでお姉ちゃんはどこにいるの? それと、クラスって?」
「う〜ん。知っていてもしょうがないと思うけどなぁ。
だって、君信者じゃないでしょ?」
息を飲んだ。
「どうしてそれを・・・?」
「えっ、そうだったの? 単なる冗談だったのに」
「・・・何それ」
嘘だ。間違いなくシュン君は最初から見抜いていた。
顔は笑っていたが、瞳は冷たいままだった。
「そう言えば君の名前をまだ聞いていなかったね。聞かせてくれる?」
暫くの緊迫した空気、それを破ったのはシュン君の方だった。
多分シュン君は私の名前を既に知っていたんだと思う。
何となく判ってはいたが、私は素直に名乗ることにした。
「私は・・・」
一瞬の空白。私は慌てて付け足す。
「わたしはみずか、長森瑞佳よ」
「宜しく、みずかさん。暫くここで二人で暮らすことになるだろうから、
仲良くやっていこうね」
「宜しく、シュン君。こちらこそね」
どう見ても幼児同士の会話には思えないのだが、
シュン君も私も違和感ないようなのが可笑しい。
それにしてもこの少年と暮らす。疲れる日々になりそうだ。
「さて、どうする? もう寝る? それともこの中を少し案内しようか?
少しくらいなら知ってるけど」
(当たり障りのない所ならね)
私は心の中で呟いた後、
「今日はいいわ。もう疲れたの」
「そう? それじゃシャワーはこっち、ベッドはここね」
シュン君は左、右と指し示し、付け足す。
「シャワーは覗いたりしないから安心してね」
「バカ!!」
足元にあった荷物を投げつける。
私は少しほっとしていた。
漸くシュン君が心から笑ってみせたから。

荷物の中から着替えとタオルを取り出し、言われた通りにシャワールームに入る。
私は熱いシャワーを顔に叩きつけた。
心が安らぐ。
ここのこと、姉のこと、折原のおば様のこと、そしてシュン君のこと。
私の気を重くさせる要素はいくらでもあったが、
今日のうちは取り敢えずそれらをもう忘れようと思った。
(・・・)
徐に盥を手にすると、振り返ってそれを投げつける。
「うが・・・」
悲鳴とも何ともつかない声が聞こえる。
・・・全く、油断も隙もあったもんじゃない。

人心地ついたところで、湯を止めて体をふき、着替えて部屋に戻る。
「鋭いねぇ。まあいいや。そろそろ寝ようか」
悪怯れた風もない態度に毒気を抜かれ、私は頷いてベッドに潜る。
そこで、気が付いた。
「・・・シュン君は何処で寝るの?」
「う〜ん。床かなぁ。一緒にベッドでなんて言っても許してくれないでしょ」
・・・
暫しの沈黙。
(浩平、ごめん)
心の中で呟いてから、
「仕方ないわね。いいわよ。でも、寝るだけだからね」
尤も、そもそもここで寝るべきはシュン君の方だったというような気がしないでもない。
それにしても、子供相手に私は何を言っているのだろう。可笑しい。
自分自身の姿もまた子供のそれであると言うのは、更に滑稽なことだった。
ベッドに潜って暫くすると、シュン君が横から入ってきた。
「シュン君はさ、」
先に口を開いたのは私の方だった。
「何?」
「何時からここにいるの?」
どうでもいい事が話したい。そんな気分。
「ふ〜ん。家族は?」
「さあ? 全然会ってないから、生きてるかもわからないなぁ」
後悔し、私は慌てて謝った。
「ごめんなさい。つまらないこと聞いちゃった」
「いいよ。そんな事わかるわけないから。それに、僕自身もあまり気にしていないし」
「ごめんなさい」
「いいって。それより、聞きたいことがまだあるんでしょ」
「そうね・・・」
取り留めもない話しを繰り返す。
時々本質的な話しに移りそうになると、
シュン君が上手く軌道修正して当り障りのない話に戻す。
夜も大分更けた。
私は、これで最後にしようと思い、思いきって口にした。
「シュン君。貴方は何者なの? この教団って何なの?」
「・・・」
無言。
耳を澄ましてみると、
シュン君の呼吸は何時の間にか規則正しい安らかなものに変わっていた。
「シュン君?」
返事はない。
寝てしまったのか、その振りをしているだけなのか、恐らくは後者であろうが、
起こしたところで話してくれる筈もないだろう。
「・・・おやすみなさい、シュン君」
誰にという訳でもなく呟く。
そして、少し埃っぽい布団を肩の高さにまであげる。
少々迷った後、起きあがってシュン君にも布団をきちんとかけてやる。
(この人は、私の運命にどう関っていくことになるんだろう・・・)
どのくらいの間、シュン君を見つめ続けていただろうか、
突然私ははっきりとした心身の疲労を感じた。
無理もない。今日は色々なことがあり過ぎた。
私はもう一度布団に潜り、瞳を閉じる。
そして、今日一日を振り返る。
最後まで振り返る大分前に、私の意識は完全に沈んでいた。







ども。涼です。
・・・何も言い訳しません〜m(__)m
特にc.f.氏にはご迷惑をおかけしました。m(__)m
今回は頭を下げてばっか(^^;
何か言うと言い訳になりそうなので・・・(^^;
次回は"Replicant in the labyrinth"
書くのを放棄した訳じゃありませんので・・・



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