米澤穂信『いまさら翼といわれても 前篇』のはなし

 『いまさら翼といわれても』は千反田えるの物語になるだろうか。
 ある休日、折木は市の合唱祭の会場から千反田が突如消えたという連絡を伊原から受ける。千反田は何を思い、どこへ消えたのか。というのが今回の前篇だ。
 物語の冒頭には、自宅で合唱曲の練習をしていた千反田が父に「だいじな話をするときによく使う部屋」に呼ばれるシーンが書かれ、また事件の導入部には伊原が遭遇した「甘すぎるコーヒー」を出す喫茶店の謎が置かれている。

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パスポート

赤いパスポートを手に取る。
――MACHI TACHIARAI
大刀洗万智。発行年は二〇〇一年。有効期限が切れていたものを、先月取り直した。
『王とサーカス』, p.11

 大刀洗は2001年に有効期限が切れていたパスポートを取り直している。10年有効のパスポートは1995年からの発行なので、期限が切れたパスポートは5年有効のもの。つまり、1996年以前に一度パスポートを取っていることになる。
 さて、大刀洗はどこに行くためにパスポートを取ったのか。

(『米澤穂信『王とサーカス』感想・連想』から抜粋, 『本読みの記録 2015/08』, liliane.jp, 2015/08 C88)

サーカス

「自分に降りかかることのない惨劇は、この上もなく刺激的な娯楽だ。」
『王とサーカス』, p.175
「タチアライ。お前はサーカスの座長だ。お前の書くものはサーカスの演し物だ。我々の王の死は、とっておきのメインイベントというわけだ」
『王とサーカス』, p.176

 『王とサーカス』の9章、本のタイトルと同じ章タイトル「王とサーカス」をつけられたこの9章は、間違いなく本作の白眉である。
 自国の王を皇太子が銃殺したという事件について大刀洗に問われた王宮勤務の軍人ラジェスワルは、事件について述べることを断る。その理由を問われたラジェスワルは「信用のおける友人たちには話してもいい。求められれば、公的な調査や裁判でも話すつもりだ」が、大刀洗に話すのは断り「外国人の、記者だからだ」(p.167)と返す。
 どれほど記者自身の意図が尊くても、あるいはその報道により悲劇的な事件の被害者に救いの手が延べられるとしても、外国人の記者が悲劇的な事件を自国の読者に伝えることは、冒頭に引いたように、読者にとって「この上もなく刺激的な娯楽」だと「サーカス」に他ならないのだと、ラジェスワルは指摘する。

 だが、「サーカス」であるというラジェスワルの指摘は、『さよなら妖精』や『王とサーカス』に現代史上の事件を組み込んだ作者と、これら作品を楽しむ我々自身をも照らすものである。
 『さよなら妖精』は素晴らしい青春ミステリである。特に、学校生活など小さな円の中で繰り広げられることが多い青春ものの中で、ヒロインとの断絶をユーゴスラヴィア崩壊という世界史的出来事とリンクさせることにより主人公の挫折を効果的に描いている。そんな風に『さよなら妖精』を評することは可能だろう。そういう批評を抜きにしても、いずれにしても我々は『さよなら妖精』を楽しんだ。
 しかし、それはかつてユーゴスラヴィアという国家であった領域での前世紀の終わりから今に至るまでの出来事を「サーカス」にすることに他ならない。

 これに反論できるか。

 大刀洗自身の考えは、このラジェスワルとの対決の後、谷津田や警官との対話を経て、結末の「犯人」との対話で語られている。
 では、我々はどう考えるか。

(『米澤穂信『王とサーカス』感想・連想』から抜粋, 『本読みの記録 2015/08』, liliane.jp, 2015/08 C88)

『遠まわりする雛』が好きなあなたに『折れた竜骨』を薦める

『遠まわりする雛』および<古典部>シリーズのネタバレを含みます

  • 『遠回りする雛』

『遠回りする雛』は<古典部>シリーズの四冊目、主に『小説 野性時代』を初出とする短編を集めた、今のところシリーズ内唯一の短編集である。冒頭の『やるべきことなら手短に』は奉太郎が千反田に出会ってすぐの『氷菓』と同じ時期の話で、そこから彼らの一年間を追う形で七本の短編が収められている。なお、<古典部>アニメ版である『氷菓』では短編集未収録の『連峰は晴れているか』もふくめ、全て時系列通りに並べ直してシリーズを構成しているので、各短編がどの位置に入るかはアニメ版を参考にすると良い。

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七河迦南『空耳の森』

短編集だが、適当に面白そうなタイトルをつまみ食いするのではなくちゃんと最初から読んで、もし既刊の2冊に手が届くなら先に読んで、な作品。以下お察しください。

ミステリ短編としては『アイランド』と『悲しみの子』が好き。

長沢樹『消失グラデーション』

横溝正史ミステリ大賞受賞作。

良い学園ミステリである。が、あまり突っ込んだ事を書くとネタを割るタイプの作品なので、内容の詳細は割愛。

選評で綾辻行人が「美少女ゲーム風」という語を出しているが、確かにこれがギャルゲーだったら、という読後感がある。