渚カヲルはこう言った−三つの変化
三つの変化
私は君達に碇シンジの三つの変化について語ろう。
どの様にしてシンジが初号機パイロットとなるのか、初号機パイロットが神殺しとなるのか、
そして最後に神殺しが補完の担い手となるのか、ということを。
シンジにとって多くの重いものがある。
捨てられた記憶を持つ、打ちのめされた、か細い少年にとっては、多くの重いものがある。
その少年の弱さが、重いものを、最も重いものをと求めるのである。
どういうものが重いものなのか?、と弱い少年は尋ねる。
そして駱駝のようにひざを屈し、たくさんの荷物を積んでもらおうとする。
どういうものが最も重いものなのか、古い時代の生き残り達よ?、と弱い少年は尋ねる。
僕もそれを背負い、自分の弱さを感じて苦しみたい。
最も重く苦しいものとは、自分の高慢の心に悲しみを与えるために、母の愛人に抱かれることであろうか?
自分の知恵をあざけるために、自らの愚かさを人目に立たせることであろうか?
それとも、自らの努力したことが成就して、ようやく勝利を得るときに、より大きな敵を見出すことであろうか?
隠された真実を見出すために深い地下へと潜ることであろうか?
それとも真実を追い求め、恋人を捨てて、真実のために終には死を得る事であろうか?
それとも、病気になりながら、慰めてくれる人たちを追い払い、機械と点滴を友にすることであろうか?
それとも、愛する人のためであるなら、汚い仕事にも手を染め、同僚であろうが内規であろうが、裏切ることであろうか?
それとも自分を軽蔑する者に与し、危険な誘いに対して、それに手を差し出すことであろうか?
こうしたすべてのきわめて重く苦しいものを、弱い少年はその身に引き受ける。
荷物を背負って砂漠へと急いでいく駱駝のように、初号機パイロットは彼の砂漠へと急いで行く。
しかし、最も荒涼たる砂漠の中で、第二の変化が起こる。
ここでシンジは神殺しとなる。
少年は自由を我が物にして、己の求めた砂漠における支配者になろうとする。
シンジはここで、彼を最後まで支配したものを探す。
シンジは彼の最後の支配者、彼の父を相手取り、この巨大な男と勝利を賭けて戦おうとする。
シンジがもはや父と呼ぼうとしないこの巨大な男とは、何者であろうか?
この巨人の名は『汝なすべし』である。
だが神殺しの少年は『われは欲する』と言う。
神殺しの行く手をさえぎって、この髭面の『汝なすべし』が、威圧する眼光で阻んでいる。
視線のひとかけらひとかけらに『汝なすべし』がこめられている。
1000年に及ぶ諸々の価値が、この視線にこめられている。
すべての巨人の中でもっとも強大なこの男は言う、
「物事の一切の価値、それは私にある」と。
「一切の価値はすでに作られている。一切の価値、それは私なのだ。
まことに、もはや『われは欲する』などはあってはならない!」
こう男は言う。
我が兄弟たちよ!
何のために少年において神殺しの力が必要なのであろうか?
重荷を背負い、あまんじ、畏れる人間では、どうして十分でないのであろうか?
新しい価値を創造する、それは神殺しにもやはり出来ない。
しかし新しい創造のための自由を手に入れること、これは神殺しの力でなければ出来ない。
自由を手に入れ『汝なすべし』と言う義務にさえ、神聖な否定を敢えてすること、我が兄弟たちよ、そのためには神殺しの力が必要なのだ。
新しい価値を気付くための権利を獲得すること、これは重荷を背負う、捨てられた記憶を持つ少年にとっては、思いもよらぬ恐ろしい行為である。
まことに、それは彼には強奪にも等しく、それならば強奪を旨とする者のすることだ。
少年はかつては『汝なすべし』を自分の最も神聖なものとして愛した。
いま少年はこの最も神聖なものも、妄想と恣意の産物に過ぎぬと見ざるを得ない。
こうして彼はその愛していたものからの自由を奪取するに至る。
この奪取のために神殺しが必要なのである。
しかし、我が兄弟たちよ、答えてみよ。
神殺しにすら出来ないことが、どうして補完の担い手に出来るのだろうか?
どうして奪取する神殺しが、さらに補完の担い手にならなければならないのであろうか?
補完の担い手は、無垢である。
忘却である。
そしてひとつの新たな始まりである。
ひとつの遊戯である。
ひとつの自ら回転する車輪。
ひとつの第一運動。
ひとつの聖なる肯定である。
そうだ、創造の遊戯のためには、我が兄弟たちよ、聖なる肯定が必要なのだ。
ここに少年は『自分の』意志を意志する。
世界を失っていたものは『自分の』世界を獲得する。
私は君達に碇シンジの三つの変化を教えた。
どのようにして少年が初号機パイロットとなったか、初号機パイロットが神殺しとなり、そして最後に神殺しが補完の担い手になるかということだ。
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