卒業の日に

C.F (c.f@ijk.com)


 土曜のお昼過ぎ。
 南では咲き始めたらしい桜を紹介するラジオを聞きながら、お茶を飲んでいたところに兄さんとアスカがやってきた。
「散歩にでも行かない?良い天気だしさ
 珍しく、朝早くアスカが起きたしね」
 そんな事を言うと、アスカに蹴られるわよ……もう蹴られてるけど。

 兄さんとアスカにリビングで待ってもらって準備をする。
「レイ〜。ここのお茶貰ってもいい?」
「いいわ」
 アスカに選んでもらった口紅を塗って、鏡で再確認。
 問題なし。

「やっぱ、お茶はレイよねぇ。これだけはシンジより上ね」
「そうだね」
「どういたしまして」
 ドアの向こうから聞こえるアスカの言葉に答えながら、リビングに入る。
「レイ?準備できたのね。じゃ、行こうか」
 そう言ってアスカはお茶を一気に飲み干して立ち上がった。
 テーブルの上においてあったハンドバッグを兄さんが絶妙のタイミングで渡してる。
 ほんと、息の合った二人。アスカを姉さんと呼ぶ日も近いのかもしれない。



 家を出て、新芽が出るにはまだ早い大通りの並木の下を歩く。
 先に兄さんとアスカ。一歩分、後ろに私。いつもの形。
 枝の間から見える空は暖かに青く、コートを着て粉雪を見た昨日が嘘のように思えるほど。
 兄さんとアスカの会話がBGM。騒がしすぎず寂しすぎず、適度に行き交う人と車の流れが背景。
 ゆっくり、確実に、世界を感じながら、歩く。



「あっ、アスカさん」
 ケヤキ並木の通りからアーケードに入るところで、声をかけられた。
 ヒカリの妹、ノゾミちゃん。一緒にいるのは、鈴原君の妹のカスミちゃん。
 二人とも制服、胸にリボンがついてる。
 高校3年生だったはずだから、卒業式の帰りなのだろう。
「あんた達、卒業式の帰り?」
「はい。今日が卒業式だったんです」
 カスミちゃんが答えた。
 鈴原君の家は別に関西が地元でもなんでも無くて、彼だけが趣味であの口調なのらしい。
 趣味と言うのは人それぞれだから良いのだけど。

「んで、あんた達の保護者は?
 確か、ヒカリは式に出るって言ってたけど」
「式が終わったら、さっさと二人でデートに行っちゃいました」
「兄貴なんて、妹の卒業式に出ないで
 最初っからデートにだけ行こうとしてたんですよ」
 それを聞いて、アスカの顔色が変化していく。
 大声で怒鳴るパターンね。
 慌てて、アスカの口をふさごうとしたけど、間に合わなかった。
「まったく、あたし達がろくに会えないこと知ってるくせに
 見せ付けてくれるわねっ!!」

 予測通り、アスカが大声で叫ぶ。
 アスカと兄さんは同じ大学に所属しているけど、それぞれの研究もあって、それほど頻繁に会えるわけではない。
 もちろん、多少の無理をすれば毎日でも会えるのだけど、そうすると際限が無いから……ということらしい。
 だから、この二人は会える機会をとても大事にする。
 そして、そんな貴重な時を私に共有させてくれる。

「ア、アスカぁ」
 兄さんは混乱気味。ノゾミちゃんとカスミちゃんは驚いて呆然としているようだ。
 肩で息をしているアスカの耳元にささやいてあげる。
「だめよ、アスカ。道の真ん中で叫んで、みんな見てるわ」



 結局、周りの人たちの目から逃れるようにして、近くのファーストフードに入った。
「カスミはあたしの所に来るのよね
 厳しぃ〜く、鍛えてあげるから覚悟してなさいよ」
「アスカの「厳しく」は冗談じゃ済まないからね。頑張ってね」
 恐い顔してみせてるアスカとフォローを入れる兄さん。
 カスミちゃんはアスカが助手をしている学科に入学が決まっているらしい。
 アスカのいる研究室は厳しい事で有名だ。
 もっともこれはちょっと人生に疲れた感じの教授に代わって、アスカが学生を指導しているからなのだけど。
 でもね……
「だいじょうぶよ。この前から、後輩ができるって大喜びなんだから」
 そう、ヒカリから合格の話を聞いたとき一番喜んでたのはアスカだった。
 受験するつもりと言う話を聞いてから、ずっと気にしていたようだった。
 立場上、自重しなければならないこともあって助言なんかも十分に出来なかったので、喜びも大きいのだろう。

「駄目だよ、レイ。苦労して威厳を出そうとしてるんだから」
 苦笑しながら、兄さんが言う。
 「苦労して」、確かに直情的な性格のアスカがここまでやるのには結構な苦労がいるだろう。
 もっとも、素直に喜べないと言うのと半々なのかもしれないけど。
「あんたたちねぇ……厳しくする人も必要なのよ
 特にこの子達の保護者はあれなんだから」
 そう言ったアスカの口元は引きつっている。

「それで、ノゾミはどうすんの?」
「コダマ姉に紹介してもらったお店でバイトすることになってます
 そのお店、レイさんも良く来るって、聞きましたけど」
「どこのお店?」
「えっと。この通りを行った所にある食器屋さんです」
 いつも行く食器屋さん。
 自己主張が強すぎず、でも決して地味ではない。
 そう言ったものを多く取り揃えてるお店。
「そう。じゃ、今度行く時はよろしくね」
「はい」



 店を出た後、私は兄さん達と別れて、ノゾミちゃんたちと先に帰ることにした。
 今日は私が夕食を作る日だし、忙しくて会えない事の多い二人だから。
 兄さんは恐縮しながら、アスカは感謝の目で私を見ながら、ほんの少しの間の別れの挨拶をした。

 気温はまだ低いけど、日差しは暖かい。
 桜の花が見られるまで、あと少し。







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