英語であそぼ
夕食後、さして面白くもないゴールデンタイムのテレビをBGMにして、俺は暇つぶしにリビングでマルチの説明書（B5、約1000頁。重量にして2kg弱）のページを繰っていた。もちろん、真面目に読んでいるわけではない。
充電時を除けば、普段はマルチが機械であるという事はこんな時でないと思い出さない。もっとも、マルチはマルチなんだからそれはそれでいいのだとも思う。
面白い記述が目に入ったので、顔を上げて台所で後かたづけをしているマルチの方に目をやった。ちょうど終わるところらしく、マルチは絞った布巾でレンジ周りを拭いていた。
「おーいマルチー」
ソファの上から手招きをすると、エプロンの裾で手を拭きながらぱたぱたとマルチがこっちに来た。
「なんですかぁ」
「説明書にはマルチは英語しゃべれるって書いてあるんだけど、それ本当なのか？」
「はい！言語コードさえセットすればできるらしいんですけど、、、やってみますか？」
後半は少し自信なさそうに、うつむきながらマルチが言った。
らしい、というのが少し気にかかったが、とりあえずやって見せてもらうことにした。
じゃあ、といってマルチは神妙な顔つきで目を閉じた。
カチカチカチカチカチ、という小さな音がして、３秒ほどでマルチは再び目を開けた。言語コードのセットが終わったらしい。
当然のことだが、外見には何の変化もない。
「はろー、まいねーむいずまるち。わたし、にほんごわかりませーん」
マルチが言葉を発した。
それは、カタカナですらなかった。
「ごめん、、、俺が悪かった」
いたたまれなくなった俺は、マルチに頭を下げた。
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