浩之さんは、心臓の音がする。
とくん、とくん、とくん。
あかりさんも、心臓の音がする。
とくん、とくん、とくん。
猫さんも、犬さんも、みんな心臓の音がする。
とくん、とくん、とくん。
鼓動が、そっと、届いた
7月のある日。浩之さんと一緒に、お散歩に行きました。
私が運用試験のために通っていた、浩之さんと出会った、懐かしい高校の裏山までです。
「今日は全日休講で、ついでに言うとバイトも入ってないしな」
浩之さんはそう言って、私をお散歩に誘ってくれました。
裏山は、まぶしいぐらいの緑に覆われていました。その緑の中に道、みたいなものがちゃんとついていました。
「自然にできちゃうんだ、人間も動物も通りやすい所なんて大体決まってるからな。こういうの『けものみち』って言うんだぜ」
セミの声が降る中、不思議がる私に、浩之さんはそう説明してくれました。
そして、裏山に入りました。
木の根っこだったり、足あとだったり、硬い土にいつしかつけられた段差や生えている笹などを器用に使って、浩之さんは「けものみち」をひょいひょい進みます。
私もまねをしようと思ったのですが、どうしても不器用でそうも行きませんでした。
行きだけで、5回も転んでしまいました(帰りはまた4回転びました)。
その度に浩之さんは「しかたないなぁ」という顔をしながら私を助け起こして、服に付いた泥を軽く払ってくれました。
せっかく浩之さんに誘ってもらったのに、やっぱり迷惑をかけてしまう。
夏のきらきらした木漏れ日の中、少し悲しくなりました。
そんなことを繰り返しながら「けものみち」をしばらく進むと、急に視界が明るくなりました。そこだけ、木々の梢がとぎれていたのです。
そのかわりに、そこには灰色の物体が立っていました。
それは、鉄塔でした。
梢の間に切り取られた青い、とても青い空に向かって、灰色の鉄の塔が、真っ直ぐにそびえ立っていました。
鉄塔は上の方で大きく6本の腕を広げていて、そこにはそれぞれぶるぶるした白いもの(碍子連、というのだそうです)と電線がついていました。
「マルチ、こっちこっち」
4本ある鉄塔の足の、そのうちの一つのたもとに立った浩之さんが私を呼びました。
鉄塔の足元に生い茂る夏草をかき分けて、浩之さんのところまで進むと、
「これに、耳をつけてみて」
浩之さんは、鉄塔の足を指さしました。
感電しないんですか?と聞いたら、大丈夫だよ、と浩之さんが笑いながら言ってくれたので、私は目を閉じてゆっくりと耳を鉄塔の足につけました。
低い音が、感じられました。
それは初めて聞く音でしたけれど、とてもほっとできる音でした。
夏の日差しで暖かくなっている鉄の温度も、すこしざらざらしたその感触も、とても心地よく感じました。
しばらくそのまま鉄塔に耳をつけていたら、
「聞こえた?」
と浩之さんが言ったので、
「はい!」
と答えました。
そのときの浩之さんは、とても優しい顔でした。
「マルチってさ、電気で動いてるだろ。
だから生き物とは違うみたいだけど、それでもちゃんと生きている音がするんだよ。
その音、すごく小さいから、普段はあんまり聞こえないけどさ」
鉄塔に耳をつけて私が聞いた音は、電気の流れる音でした。
それは私の中にも流れている、わたしが生きているしるしの音でした。
突然、少し強い風が吹きました。ざぁっ、という音がして夏草と梢が揺れました。
その風が鉄塔の柱と柱の間をすり抜けるとき、鉄塔が小さく唸りました。
なんだか私に声をかけてくれたみたいだったので、私は鉄塔に小さくお辞儀をしました。
(了)
<覚え書き>
マルチと一緒に鉄塔を見ながらぼーっとしたいなぁ。
そういう野望(笑)を書いてみました。
ゲーム本編の高校にはどうも裏山なんてなさそうですが、私が通っていた高校(男子校でした)には裏山がちゃんとあって、高3の時は「自由にスポーツをする」ための体育の授業中にそこで本を読むなどと言うこともしていた記憶があります。そこには蚊がおらず、とても気持ちの良い風も吹いていました。もちろん、その山には鉄塔が何本か立っていました。このSSに登場させたのと同じく、2回線の(一般に送電鉄塔の電線は3本で1回線を構成しています)それほど大きくはない、おそらくは154kvの送電圧の鉄塔でした。
なお、似たような野望としては「芹香先輩とくらげをながめる」というパターンもあったりなかったり(笑)
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