少し高い場所
国道を跨ぐ歩道橋の上で、琴音がふと立ち止まる。
それに気づいた浩之も、足を止める。
「琴音ちゃん?」
琴音はそれに答えない。ただ、下を走る片側二車線の道路を見下ろしながら、何か懐かしい物でも見つけたような微笑みを浮かべた。
浩之がその視線を追うと、茜色の日差しの中にいくつかの信号機が見えた。奥の方から順番に黄色、赤、と色が変わり、それにあわせて道路を埋める車の流れがゆっくりと止まった。
「何か、見つけた?」
淡い緑色のペンキが塗られた歩道橋の手すりに両手をついて夕陽に照らされた道路を眺める琴音の背後に移動した浩之が聞くと、彼女は呟くように答えた。
「昔、好きだったなって」
車が?、という浩之の言葉に琴音の頭がゆっくり左右に揺れ、彼女の色の薄い髪が上着に羽織ったジャンパーのデニムの生地と擦れる。そして再び、琴音は呟くように言う。
「歩道橋が、です」
「高いところ、好きだったっけ?」
「高くないから、好きだったんです」
琴音の答えに浩之は、解せないな、と首を傾ける。
「歩道橋って、全てを見上げるほど低くはないけど、全てが見渡せるほど高くはないんですよね。とても中途半端で」
だから、と相変わらず顔を道路の方を向けたままで琴音は続ける。
「すごく、落ちつけたんです。どこにいても私、半端だったから」
そこまで聞いて浩之は気づいた。彼女は、意識して過去形を使っている。
「じゃ、今は?」
「少なくとも、一カ所だけは」
琴音はそこで言葉を切ると、かかとを軸にして浩之の方に向き直った。
「浩之さんの近くだけは、私も半端じゃないんだって思えます」
(了)
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