小さなアルバム
『音楽祭』が終わってから、俺はたまにだけれど由綺の部屋に足を運ぶようになった。そのせいだろうか、以前は生活感の全くなかった由綺の部屋にも少しだけ「生気」とでもいうようなものが感じられるようになった、と思う。
「ねー、今日はコーヒーと紅茶どっちがいいー?」
しゅぴーっというやかんの音に続いて、電熱器とささやかな流ししかないような小さな台所の方から由綺が聞いてきた。右手には黒いラベルが貼られたインスタントコーヒーの瓶を、左手には緑色の四角い紅茶の缶を持っている。
「んー、梅こぶ茶ぁ」
「なにそれぇ」
ベッドに寄り掛かって座っている俺の返事に、由綺が笑う。そんな風に、ほんのささいな事で幸せそうに笑える由綺のことが改めていとおしく思えた。
ふと思い立って立ち上がると、よく整理された机の上に小さなアルバムのようなものが乗っているのが見えた。街の写真屋に現像を頼むとおまけでつけてくれるような、小さなアルバムだ。
「由綺、机に乗ってるアルバム見てもいい?」
一応、台所の由綺に聞いてみる。
「えっ?あっ、だめっ」
ワンテンポ遅れて返事がくる。
「えー、いいじゃん」
返事なんて関係無しに見てしまうつもりだった俺は、その小さなアルバムを手にとって、中を開いた。
一ページ目。
高校の時の制服を着た、由綺の写真が入っていた。
由綺の隣に映っているのは、やはり制服を着たはるかだ。背景にはどこか観光地風の風景が映っている。
修学旅行のとき、かな?
ページを繰っていくと、高校時代の懐かしい顔がたくさん並んでいた。
そうやってアルバムを眺めていると、突然アルバムが手の中から消えた。
「見ちゃダメって言ったのにー」
俺の手から取った小さなアルバムを両手で抱え、耳まで真っ赤にした由綺がこちらを見ていた。
「ねぇ、最後まで見た?」
視線を俺の目にあわせるようにして、由綺がつぶやくような声で聞いてきた。
「んー、見てない」
「その目は見たって言ってるよ」
なじるように言う由綺の頭を、俺は少し乱暴になでた。
「俺の写真が最後のページに入ってるなんて、俺は知らないよ」
「………とーやくんのばか」
一瞬沈黙してからそう言った由綺の顔は、半分困ったような笑顔だった。
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