「おかえりなさい、祐一さん」
中隊司令部に出頭した祐一をまず最初に迎えたのは、中隊長である水瀬秋子大尉のその言葉だった。
「相沢祐一候補生、ただいま帰りました」
祐一はナチス式の右手を掲げる敬礼を行う。それに対して秋子は座ったまま、ただ微笑むだけだったが、祐一にとってはそれが何よりの答礼に思えた。
「幹部学校はどうでしたか?」
「比較的楽なところでした」
「そうね。戦場ではないものね」
そこで言葉を区切ると、秋子はついたての向こうにいるはずの倉田佐佑理中尉に声をかけた。
「は〜い」
緊張感、というものがどうにも感じられない声が聞こえ、佐佑理が姿を現した。なにやら帳面のようなものを小脇に抱えている。
彼女は中隊の主計将校だったのが、相次ぐ損害の結果として中隊副長のような立場になっていた。本来の仕事がなくなったわけではないため、仕事の量は以前よりも大分増えているはずだが、彼女の顔から微笑みが消えることはなかった。
「お久しぶりです。祐一さん」
「お久しぶりです。佐佑理さん」
彼女の空気にひきずられ、祐一ものんびりとした挨拶をしてしまう。
「さて、佐佑理さん」
胸の前で両の手のひらをあわせながら、秋子が言う。
「祐一さんにはどこに行ってもらいましょうか」
「第3小隊長が欠員のままです」
「やっぱりそこかしら」
第39独立対戦車猟兵大隊はあいつぐ欠員がほとんど補充されないまま二個中隊編制になっていた。その二つの中隊は大ざっぱに言えばそれぞれが三個小隊で構成されている。対戦車砲を装備するのは第1及び第2小隊の2個小隊で、合計で4門。中隊全体では8門になる。少ないようにも見えるが、砲の移動手段を馬に頼っている現状では、それでもぎりぎりであった。そして、第3小隊は敵戦車隊の随伴歩兵に対抗するための歩兵部隊であった。
戦闘にあたっては実際に先頭に立つ下級士官の数が常に不足するのは軍隊の常であったが、ここではそれがさらに顕著であった。
表情を引き締め、秋子が立ち上がる。
「相沢祐一候補生」
「はい」
「貴官を第39独立対戦車猟兵大隊第2中隊第3小隊長に任命します」
「承りました」
祐一の返事を聞いて、再び秋子は表情を和らげた。
「第3小隊の小隊軍曹は名雪です。あとはあの子に聞いて下さい。あの子をよろしくね」
「はい」