時々なら感じる光
ツイタリ、キエタリ
燃え終わればポロリと落ちて
何度も悲しむ
ONEからさめない
#2 そっと影を踏む
どうしようもなく下らない。だが、ほんの一握りの人間にしか出来ない遊びがある。
ルールは簡単。大学入試の模擬試験を偽名で受験して、その名前を成績優秀者名簿に載せる。それだけだ。
世の中にはそんな「遊び」を特定大学の、特に地方国立大学の対策模試ならまだしも、全国に10万人単位で受験者がいる全国統一模試でもやる奴がいるのだから、まったく呆れてしまう。
まあ、実際は僕もその呆れられる側の一人だったりするのだけれど。
僕の場合はそれを「彼」の存在の痕跡をこの世界にとどめておくための儀式の一つだと思って、今年に入ってからの模試は全て同じ偽名を解答用紙に書き込んでいる。
今日はそんな「儀式」には丁度いい模擬試験だったのだが、どうしても見なければいけない映画があったので、名前を貸して貰っている「彼」には悪いと思いながらも午後の教科は放棄することにして予備校の教室を昼過ぎに出た。
映画がはじまるまで中途半端に時間が余ったので、映画館の近くのファーストフード店に入った僕は、そこの思いのほか人がいなかった2階席でたまにドリンクのストローに口を付けたり、少し塩味がきつすぎる気のするポテトをつまんだりすると、窓の外へ視線をやるということを繰り返していた。
ふと、静かなBGMが流れる店内に女の子の話し声が聞こえてきたので、そちらを向いた。二人連れの女の子が、それぞれにトレーを持って階段を上がってくるところだった。
一人は黒く長い髪が綺麗な女の子で、アースカラーのジャンパースカートの上から薄い黄色のカーディガンを羽織っていた。もう一人は、顎のラインで髪を切り、黒いダウンジャケットを着た女の子。何か楽しいことでもあったのか、二人ともとても楽しそうに笑っていた。
ちょっと長くそちらを見すぎてしまったためか、髪の短い方の女の子が、僕に気づいた。
こっちを見て、首を傾げる。
「なんですか?」
そう言った風にも見えた。
だが、実際はそうではなかったらしい。
次の瞬間、彼女はハンバーガーの包みやドリンクの入ったカップが乗ったトレーを取り落とすと僕に向かって走ってきたからだ。
がしゃん、という大きな音がしたが、お構いなしに彼女は僕の体に抱きついてきた。
そして、チェックのネルシャツに顔を埋め、2、3秒してから呆気にとられて何も言えない僕に向かって「浩平」と言った。真っ直ぐにこちらを見つめる2つの目をとても綺麗だと思うのと同時に、驚いた。「浩平」というのは僕が模擬試験の度に使っている偽名と同じだったからだ。
僕は内心の動揺を外に出さないように気をつけながら、抱きついてきた女の子に言葉をかけた。
「人違いだよ」
「同じ匂い」
「違うってば」
「同じ目」
「………君の友達は放って置いていいの?」
話題を逸らそうと僕は階段の方を指さした。その先には、紙のキャップを被ったアルバイトの店員と一緒になって少し前まで食品だった物の残骸を片づけている彼女の友達がいた。
それを見ると彼女は「みゅ〜っ」と、よくわからない言葉を発してそちらに走っていった。
僕は、小さなため息を一つつくとそれを追いかけることにした。どうにも、見ていられなかったのだ。
「すいません、繭が突然」
ひっくり返した物をあらかた片づけ終わった辺りで、西岡美亜子、と名乗った髪の長い方の女の子が僕に言った。
「繭、っていうんだ」
西岡嬢には直接答えずに、繭と呼ばれた女の子に話を振ると「みゅ〜」という答えが返ってきた。名前は繭でいいらしい。
「上の名前は?」
「椎名」
「ふぅん。椎名繭、ね」
「みゅ〜」
「僕は氷上シュン。残念だけど、僕は君の探している浩平君じゃない」
僕がそう言うと、繭という女の子は語尾を下げるイントネーションで「みゅ〜」と言ってがっくりと肩を落とした。
それでも諦めきれなかったのか、背中のナップサックの中から大分すりきれた定形外の封筒を取り出して僕に見せた。宛名に「椎名繭様」とあった。彼女に宛てられた物らしい。
その封筒の中から、彼女は一冊の大学ノートを取りだした。
水色の表紙に、綺麗とは言えないがそろった字で「動物園襲撃計画」というタイトルが書かれていた。
つづく
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