青い鍵のかかってる、孤独なガラスの庭で
君は君に届かない、遠い果実を見てた


ONEからさめない


text by くわね(kuwane@fc4.so-net.ne.jp


#3 詩子さんのお気に入り

 駅前の、有機栽培野菜を使ったメニューで有名なファーストフード店の机。
 その上には、トマトがはさまれたハンバーガーとポテトの入ったプラスチックの白い篭、こんにゃくジュースの入った透明なカップ、それにさっきまで受けていた模試の数学の問題冊子。
 今のところ、その中で私と留美の関心を一手に引きつけているのは食べ物ではなくて、なんの色気もない模試の数学の問題冊子だった。
 なにか薬でも入れているんじゃないかと思うぐらいに白い紙を、惜しげもなく使った編集の問題冊子のページにシャープペンで数式を書き込みながら、私が留美に数学を教えていたのだ。
「だから、ここをこうして上と下から同じ物引くとこうなって、そーするとこれが残るから」
「分かるかぁ!」
 だが、数学IIBの選択問題の解き方の説明に、ついに留美がキレた。
 そして彼女は、机に突っ伏す。
「はぁ、何が悲しくて私がこんなことを………」
「そりゃ、センター試験があるからでしょ」
「ま、そうなんだけどー」
 力無く答える留美の目の前に、私はこんにゃくジュースのカップを押し出した。ありがと、と言うと彼女はふたの替わりに貼られたビニールにストローを突き刺して、少しだけ中身を吸った。

 1999年11月現在で、私たちは高校3年生だ。
 大体の人がそう思っていたとおりに、7の月が来ても結局何一つ変わらなかったこの世界で、2月後に迫ったセンター試験に向けて汲々としたりしなかったりしている。
 私こと柚木詩子はどちらかというと後者だが、目の前に座った七瀬留美はかなり前者だ(少なくとも数学では完全にそうだ)。
 普段はもう一人、里村茜という私の幼なじみも一緒にいることが多いのだが、茜だけ予備校が違うので模試の後などは留美と二人だけになる。茜は完全な私大文系専願タイプで、文系に強いと言われている予備校に通っているのだ。
「詩子はなんでこう勉強できるかなぁ、人の学校に遊びに来たりしてるのに」
 留美がつぶやく。
 そう。彼女が言う通りに私は留美、それに茜とは実は高校が違ったりする。
 去年の冬に茜に会いに彼女たちの高校に遊びに行って、留美と出会って、なんとなく打ち解けてしまって、今では自分の学校で授業のない日にはちょくちょく遊びに行ったりもする。
 どうも出席などにはかなり適当な高校らしく、授業に潜っていて何か言われたという試しは、今のところない。
「留美は、国公立志望だっけ?」
「一応、だけどね。都立大か横浜市大あたりが二次の科目楽かなーって」
「科目楽だから逆に厳しいよ、あの辺」
「楽って言うなら横浜国大の教育っていうのもあるんだけどね」
「総合問題だっけ?」
「そ。でも学科がうさんくさくて」
「マルチメディアとか地球環境とかだよねぇ」
「やっぱ最初から私大専願にしとくべきだったかなぁ」
 受験生らしい、他愛ない、だが当人達には少し深刻な会話。
「………どしたの?」
 ふと視線を下に向けて黙り込んだ私に、少し怪訝そうな留美の声。
「留美の足って、きれーだなーって」
「な」
 その言葉に、留美は頬を真っ赤にしながら、通路側に斜めに出していた足をあわてて机の下に隠す。
 こういう留美の反応が楽しくて、私はたまにイタズラをする。
 きっと、ウサギを追いかけて不思議な世界につながる穴に飛び込んだ女の子を、木の上からからかったあの猫の気分はこんなのだったんだろうな、と思う。
「別に深い意味はないってば」
「ホントに?」
「たぶん」
 ちょっとした、気まずくはない沈黙が訪れた。
「あのさ」
 その沈黙の中、私が大分さめてきたフライドポテトに手を伸ばそうとしたら、少しうつむいた留美が口を開いた。その頬はまだ、少しだけ赤みを残していた。
 私は留美が何を言いたいのか分かったから、自信たっぷりに答えた。
「大丈夫。本当に綺麗だと思うから」



        つづく








Go to Next
Return to ONE SS
Return to Top