青い草の上 星の光届くよ
スキップして渡ろう ミルク色の河を


ONEからさめない


text by くわね(kuwane@fc4.so-net.ne.jp


#11 宝の地図は、前触れもなく

「新年の初めの新月の夜、オリオン座の三ツ星が夜空の真上に上がったら、動物達を解き放とう。熊や猿、それからセイウチ。彼等は放たれた闇の中で、何を見ることになるんだろう」
 静かな音楽の流れるいつものファーストフードショップの2階席で、留美が突然そんなことを呟いた。
「どしたの?センター転けてどうかしてる?」
「半分ぐらいはね」
 昨日、今世紀最後のセンター試験が終わった。受験者数はおよそ54万人。去年よりもさらに受験者が減ったのは子供の数の減少によるものだと誰かがしたり顔で言っていた。
 私も留美も、昨日は都内の国立大学の会場でその54万の戦友達(それともライバル、というべきなんだろうか)と長い机の上でマークシート用紙にHBの鉛筆を走らせていた。
 今日は新聞に載った答えを見ながらした自己採点の結果を見比べつつ、ちょっとした早すぎるお疲れ会をしつつ、これから始まる私大の受験に向けて士気を高めよう、とまあいろいろで午後のまだ日の高い時間にこんな所にいるのだ。
「残り半分は、これ」
 そう言って留美は大分へたった感じのする水色の大学ノートをこっちによこした。
 綺麗、とは言えないけれどそろった字で「動物園襲撃計画」というタイトルが書かれ、その下に「折原浩平」という署名がしてあった。
「どしたの、これ?」
「駅で拾ったのよ。そこの。何か聞いたことある名前だなと思って」
「留美、大学行けなかったら探偵にでもなれば?」
 留美の方からドリンクのカップが潰れる音がしたが、それを無視して私はノートを読み始めた。

 動物園を襲撃する。
 繋がれている動物達を、檻から解き放つ。
 見えない月の光を浴びて、動物達は夢からさめる。
 そして僕は新しい生を再び始める。

 そんなよく分からない言葉に混じって、ノートには見覚えのある動物園の地図と、そこに対しての襲撃方法が何ページにも渡って事細かに書かれていた。
 それらの記述を斜め読みしながら、折原浩平というのはよほどの暇人だったのかな、と思う。
 ふと思い出して私は留美に聞いた。
「ね、ちょっと手帳見せてくれない?」
「いいけど、なんで?」
 去年の終わり頃、留美が買った手帳にはその日毎の月齢が印刷されていたはずだった。
 私が「何それ?」と言ったら留美は「陰暦カレンダーとか、最近、月グッズが流行ってるって知らない?」と言った、と思う。
 通りに面した出窓においた小さなリュックから、留美は真新しい手帳を私に差し出した。
 私の記憶は正しく、その手帳の日付の横には月のマークが黄色と黒で印刷されていた。
 私は真っ黒い円を探した。
 元旦から日付を追うに従って、黄色が過半を占めていた円がだんだんと黒に侵食されていき、19日、今週の水曜のところで円は真っ黒になった。
「今年最初の新月って、あさってなんだね」
 手帳の1月19日の部分を指で示しながらそう私が言うと、留美は何かを感じたのか少し嫌そうな顔をした。
「で、どうしようと?」
「決まってるじゃない。どう?夜の散歩なんて」
「この時期に?」
「それはあきらめて」
 はぁ、と留美が一つため息をついた。
「はい、じゃ場所と時間を言って」
「おやつは300円まで」
「そんなこと聞いてない」
 付き合ってられんわと、留美がまた一つため息をついた。



        つづく







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