世界への逆襲にかんする
最も遠い
微風とのたたかい
ONEからさめない
#13 見えない月が沈む
子供達の声が小さく聞こえる、動物園の奥の方のベンチに座って、私はシュン君を待っていた。
月曜日に電車の中で、私も動物園襲撃に行っていいかな、と言ったら、彼は意外にあっさりとそれを認め、ただし、僕と一緒なら、とつけ加えたのだ。
先輩、言い出したら聞かなそうだし。彼はそうも言った。
私は、よく分かってるじゃない、と笑った。
遠くからネコの仲間の、たぶん、ネコよりも大きい動物が吠える声が聞こえた。
それにつられるように動物園の中の鳥や小動物が、一斉に甲高い声を上げた。
動物には超能力があって、沈む船からはネズミが逃げ出すとか言うけれど、ここにいる動物達は私たちの意図に気が付いているのかもしれない。そう、思った。
「あの」
軽く、テンポの速い足音が私の正面で止まると、ふいにその足音の持ち主(女の子だった)が私に声をかけてきた。
「この動物園の中で犬を探してるんです」
走ってきたためか少し息が乱れていたけれど、可愛い声だな、と思った。
「えーと、動物園に犬はいないと思うんですけど」
私が言うと彼女は、ああ、ええと、そうじゃなくてと少し困ってから言った。
「私の犬なんです。レトリバー犬で、ジョイって言うんです」
「ジョイ?」
彼女はそれに頷いたのだろうかワンテンポ置くと「ジョイ」という名前の犬の姿形について一生懸命に説明してくれた。
私には、ごめんなさい、としか言えなかったけれど。
目のことを言うと、今度は逆に彼女が恐縮してしまった。よくある反応だからもう慣れっこだったけれど、それでもやっぱり少し寂しい気もした。
そして名前だけを交換すると、彼女はまた「ジョイ」を探しに駆けていった。
少しして、シュン君がやってきた。
「ホントに、来ちゃったんだ」
「だって、約束だもの」
私とシュン君は2人でベンチに黙って座って、その時を待っていた。日が落ちるのに連れて、だんだんと気温が下がってくるのがなんとなく分かった。
「先輩、寒くない?」
私を気遣って、シュン君が口を開いた。
「大丈夫だよ」
「なら、いいけど」
「………ね、私たち、隠れないといけないんだよね」
「そうだけど?」
「手、離さないでいてくれるかな?」
シュン君が黙って、私を見つめている。そんな感じがした。
「やっぱり、寒いの?」
「少しだけ、ね」
「抱きしめてあげようか」
意外な言葉に、今度は私が黙る番だった。
「……遠慮しておくよ」
「そうだね。多分、その方がいいよ」
そう、少し自虐を含んだ声で言うと、彼はベンチからすっと立ち上がり、私に向かって手を差し出した。
「時間ですよ、同志。長い夜の始まりです」
つづく
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