夜は生きている。
僕も生きている。
ONEからさめない
#14 動物園襲撃I
折原浩平のノートに潜伏ポイントとして示されていたいくつかのポイントのうち、動物園のほぼ中央部から少しはずれた場所に位置する鳥獣館の鬱蒼とした植え込みに隠れて、僕とみさき先輩は、職員に見つからないで動物園の中に残ることに成功した。
月の明るい夜だけだとは思うなよ。そういう脅し文句があったけれど、新月の夜は本当に暗く、確かにこれなら闇討ちにはもってこいだ。そんなことを思った。
「新月の夜って、本当に暗いんだね」
思わず呟き、すぐに後悔する。先輩は、私には関係ないんだけどね、と静かに笑ってくれたけれども、それがむしろ辛かった。
真夜中近くになって、僕達はそっと外に出た。
空を見上げると、蠍の毒に殺された神話時代の狩人の生まれ変わりだという星座が、一番高い位置で棍棒をふりあげていた。
「誰もいない、よね」
「誰かいたらいけないんだってば」
「動物達の感じもしないんだけど」
「みんな、檻の中だよ」
「最初から檻の中じゃないの?」
「檻の中に、もう一つ檻があるんだ」
動物園の檻は、2重の構造になっている。動物園を訪れた見物客に彼等を見せるための開かれた部分と、言うなればその楽屋とも言うべき部分とでだ。
昼間は表にいる動物達は、夜になるとその楽屋へと入れられ、眠りにつく。
南の方に住んでいた動物達はそうしないと寒さで死んでしまうこともあるというからある意味仕方のないことなのかもしれないけれど、それでも不条理さを感じてしまう。
「まずは」
「動物を威嚇して、混乱させて、不安がらせるんだっけ」
すこし闇に慣れた目で、僕は先輩の顔を見つめる。
「一回読んで貰っただけで、よく覚えてるね」
「メモ、とらないからね」
彼女は誇らしげに言う。
「アフリカとかで、文字のない生活をしてる人って、すごく記憶力がいいんだって。それと同じだよ。書かないから、覚えてなきゃって思うからなのかな」
「ふうん」
彼女が声を潜めて言うのを聞きながら、僕はポケットからパラメントの箱を出し、6本ほどねじって束ねると100円ライターで火をつけ、リスのいる(らしい)檻の中に押し込んだ。
「これで混乱が発生したら?」
「今度は詰め所から予備の鍵を持ってくる」
「正解」
隠れている間に少し冷たくなってしまった先輩の手を取って、動物園の中を移動する。
幾種類かの動物達は、すでに目を覚ましていた。
人間がその初期に獲得した形質に警戒を促させるような声が、あちらこちらから響きはじめた。
ひときわ大きな猛獣の声が、檻か何かを打ちつけるどおん、どおんという低い音と共に響きわたり、僕の左手を握る先輩の握力が少し強まる。
闇の中に切り取られたようなあかりが浮かび上がり、赤いセロファンをかけた懐中電灯が動き出す。夜勤の職員がついに動き出したらしい。
だけど、何かが変だ。
動物達が目覚めすぎている。
この襲撃に参加しているのは、僕たちだけじゃないのか?
しばらく会っていない繭の顔が浮かぶ。
彼女は何もなかったように家に帰ってきたという話は間接的に聞いたが、もしかしたら。
いや、むしろ。
間違いなく僕たち以外の誰かが、少なくとも繭は、ここにいるのだ。
つづく
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