というのも、自然は、病気というものを、
救いようのない禍いと言うよりは、
ぼくたちに立て直しをし回復する手段として
与えてくれているように思えるからだ。
ONEからさめない
#17 動物園襲撃III
「先輩はここにいて。鍵、取ってくるから」
それだけ言うと、シュン君は乾いた足音を立てて走り出した。
第2ほ乳類棟、というプレート(点字もついていたから私にも読めたのだ)の下にしゃがみ込んだ私は、仕方なく耳を澄ます。
今ここで起きていることを、せめて、聞き逃さないように。
そして声に気づく。
聞いたことのある、女の子の声。
側にいるとか、そういうのじゃなくて。
なんて言えばいいのか分からない。ただ、声だけが、聞こえる。
そうだ。あのとき会った女の子。
シュン君にウソを付いて、浩平君のノートを捨てたって言って、ノートを渡してあげることにした女の子だ。
やっぱりあの子は、ここに来たんだ。
それだけのことに何故か、安心した。
ひとりじゃない。浩平君の影を追いかけているのは、私だけじゃない。
ふと、のどの奥にかすかな痛みを覚えた。シュン君はまだ、戻ってこない。
私は初めて不安になった。
パニックを起こしそうになる頭を必死になだめて考える。
喉が痛いのは多分、煙のせいだ。
煙の原因は間違いなく、火事だ。
どこからか火が移ったのか、それとも全く新しく誰かが火をつけたのか。分かるのは、火が近いと言うことだけ。
ほ乳類棟は、私の記憶が確かなら、第1から第3までの小さな建物が順番に並んでいる。第2は、ちょうど真ん中で、影になっているからひとりでも大丈夫だろう、ということだったのだと思うのだけど、どちらから火が来ているか、分からない。
どうしよう、という言葉が繰り返す。
やっぱり、ついてこなければよかったかな、と今更のように思う。
世界を何も伝えてはくれない瞳が、一人前に涙を流し、それが頬を伝っているのが分かる。
浩平君、私、どうしたらいいんだろう。
待ってるのに我慢できなくなって何かして、罰を受けるなんて、何かの昔話みたいだよね。
そんな後ろ向きな考えを中断させたのは、少しハスキーな女の子の声だった。「あなた、こんなとこで何やってるの?」
「何って」
一呼吸置いて、あなたも、ノートを見たの?、という言葉。
私はこくり、とうなずく。
「ならどうしてこんなとこでしゃがんで?」
「目が、みえないんだ、私」
それを聞いた途端に相手が絶句するのが分かる。あたりまえだよね、と思う。私だって同じことを言われたら絶句する。どう考えたって、まともじゃない。
「どうしてアイツの知り合いってこういうのばっかなのかしら」
その子はひとしきりぼやくと、私の手を取って立たせてくれた。
「転ばないようにね、ちょっと、走るから」
つづく
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