ああ主よ、願わくばわれらに
おのが日を数うることを教えて
知恵の心を得したまえ
ONEからさめない
#22 華氏451度 I
僕は詩子嬢と一緒に、箒やバケツと一緒においてあったのを勝手に持ってきたアルミのラダーを温室の壁に立てかけた。
ちょっとしたガラスの城といった風情の熱帯温室の建物の中から、七瀬留美嬢によって開けられた窓が、ちょうどいいとっかかりになって梯子を安定させた。
それに手足をかけたとき、倒れないように支えてくれている先輩が言った。
「繭ちゃん、助けてあげてね。シュン君、だけだから」
僕は深く考えずに頷き、登り始めた。
登りきったところで、少し高い位置で長い髪の毛を左右二つに束ねた女の子が、聞いてると思うけど、私が七瀬留美。と言う。僕は、同じく。氷上シュンです、と返す。
人工環境を維持するための暖房と、繭が放った炎のせいで冬とは思えないほど暖かな温室を、彼女に先導されて下の層に降りると、大きなレトリバー犬がいた。
その向こうにはどういう過程を経たのかは分からないけれど高さ40cmほどの炎の壁。
七瀬留美嬢は、そのレトリバー犬の首に抱きつくようにして、その犬の背中を撫でる。ジョイ、一緒に追いかけてた女の子は?
彼女の言葉に犬は首を巡らせる。
予想通り。
犬の湿った鼻先が示したのは炎の向こう側だった。
どうしようかと首を巡らせると、蛇口の先に緑色のビニールホースが針金で固定された水場があった。
栓をひねると幸いなことに水が出た。ただし、それほど勢いがあるわけではない。少しだけ考え、火を消すことはあきらめる。
代わりに僕はズボンを湿らせる。生地が肌に張り付き気持ちが悪いが、そこは我慢する。少なくとも火がつくよりは数段ましだ。
その僕の行動に、留美嬢が気づいた。
「あんた、もしかして」
「もしかしなくても、だよ。僕はこのためにここに来たんだから」
みさき先輩の言葉を思い出しながら、半ば自分に言い聞かせるようにして言うと、僕はハードルを越える要領で炎の壁、その切れ目を越えた。少し熱かったが、意外なほどに簡単だった。
行きはよいよい帰りは怖い、にならなければいいけれど。
自虐的な一部が語りかけてくるが、まあ、それも仕方がないとあきらめて、僕は繭の姿を探し求めることに意識を集中させる。
もっとも、温室はそれほど広いわけではなく、彼女はあっさりと見つかった。「繭!」
炎の前に立ち尽くす後ろ姿に強く呼びかけると、彼女はゆっくりとこちらを向いた。
歩み寄り、その細いからだを抱きしめると、ススや煙の匂いに混じって、確かに彼女の香りがした。
「しゅん」
小さく、繭が呟いた。
つづく
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