―屈折した光のイメージが
何億もの瞳のように私の前で踊りを踊る
そして手招きする
あの宇宙の果てへと



終わりの季節


by 涼(a_saito@din.or.jp


Vol.1 "Winter comes around"
高校三年生の冬は、勝負の時なんだそうだ。
夏休み前にもそんな話を聞いた記憶があるのを考えると、どうも高校三年生というのは、一年中勝負していなくてはならないものらしい。
進学組が大半な私の周囲も、目の色を変えて勉強している人、推薦が決まって余裕な人、何も決まってないのに余裕な人、一緒に浪人しようと勧誘して歩いている人、様々だった。
だけど私は、そういう中に入る気が起こらなかった。
何故なんだろう。この場所を、この学校から離れる。
最初から浩平との記憶が無い世界に入り込む。
そんな自分というのが想像できなかったからなのかもしれない。

「それでさ、やっぱり瑞佳は文学部一本?」
佐織だ。
「えっ?ああ。うん。多分・・・」
周りが、驚いたらしく騒ぎ出す。
「多分ってあんた、この時期に何呑気なこといってるの?」
「昔っから瑞佳ってぼーっとしてると思ってたけど、
最近それに磨きがかかったって感じよね」
「あれ?昔は意外としっかりしていたような?でも・・・あれ?」
誰も、覚えていない。
誰よりも、絆が強かった、と信じている私ですら、時としてその記憶は曖昧になってしまう。
まして、ただのクラスメイトでは・・・
「ちょっと、そんな言い方止めなさいよ」
またも佐織だ。
私を気遣うかのような言い方。
だが、それは浩平のことを覚えていたというよりは、長い付き合いである私に、何かが起こったということに気付いたからという、ただそれだけのことのようだった。
「ごめん。私もう帰る」
耐えられなかった。
浩平が、消滅したという事実。
判ってはいた。だが、今でも正面から突きつけられると耐えられない。
逃げている。のかも知れない。
でも、正面から受け止めてしまったら、自分の心が、崩れていってしまいそうで、心の堤防が破られて、感情が涙となって溢れ出していってしまいそうで。
だから、私は逃げた。
これで、何度目だろう。
こんな私に対しても、何時も友人として接してくれる友達には、本当に悪いと、そして、ありがたいと思う。
でも、それと同時に煩わしく、そして恐ろしくもあった。
否、恐ろしいのは、友人というよりは、浩平を知っていた筈の人と言うべきだろう。
つまりは、何時、今回のように、現実を突きつけられるのか。そういうことだった。
そんな恐怖と何時も戦っているうちに、私は、どんどん無口に、そして閉じこもるようになっていった。

季節感が乏しくなったといわれる現代日本とは言っても、やはり冬の訪れははっきりと感じられる。
すっかり寂しくなった街の木々、コートの襟を立てて歩くサラリーマンの姿、吐く息の白さ。(これさえも私にとっては浩平を思い出させるものだったのだが)
そして・・・
そして、クリスマス。
お祭り好きな国民性のためなのか、或いは現代消費社会の指向とマッチしたのか、若しくは西欧社会に対するコンプレックスの現れなのか、様々な要因が考えられるが、無神論者が大半を占める現代日本に於いて、何故か、一つの大きなハレの日としての地位を確立してしまっている奇異な日。
一ヶ月も前から、まるでその日の為に準備でもしているかのように、街はクリスマス一色になり、クリスマスとは縁もゆかりもまるでなさそうな店までもが、クリスマスセールの看板を掲げる。
そして、その言葉の意味も理解しないまま、メリー・クリスマスという文字の羅列を発音し、何かを祝ったかのような気持ちになる。
皮肉なことを色々と考えてはみたものの、結局それで、皆がそこそこの幸せを得られるのなら、それも悪くないかなとも思う。
だけど、大切な人を喪った者にとっては、独りとなってしまった者にとっては、色々な想い出が詰まった、最も苦しく、悲しく、痛い日。
だから、私は意識的にクリスマスについての話題には触れないようにしていた。
だけど、時は容赦無く流れ、今年もまたクリスマスが近づいてきている。
帰り道、独り商店街を歩いてみると、それをはっきりと感じる。
中高生に人気のパタポ屋は、クリスマスツリー風に飾られて、クリスマス特別メニューを編成して。
そんな、小さなことからも、また、浩平を想ってしまう。
(そう言えば一昨年は、浩平が全メニュー制覇するって言って、聞かなかったっけ・・・)
そして、また辛くなる。
わからない。わからない。わからない。
私は、何を望んでいるのだろう。
浩平が帰ってくること?当然だ。では、今何を思っているの?
浩平を、忘れないようにすること?浩平を、忘れようとすること?
一方で、忘れないようにウサぴょんに毎日話し掛ける私がいて、もう一方に浩平との想い出から逃げようとする私がいる。
わからない。わからない。わからない。
痛かった。逃げたかった。何よりも、自分の心から。

コワレテシマエバイイ。

(え?)

クルッテシマエバイイ。

何が起こったのか、理解できなかった。
自分に呼びかける声があったのか、或いは自分の心の叫びなのか。
理解できなかった。それだけに恐かった。
私は走り出す。
ここにいてはいけない。本能がそう告げたのかもしれない。
走ってさえいれば、何も考えずにすむ。瞬間的にそう思ったのかもしれない。
私は、また、逃げた。
家に飛び込み、自分の部屋に入って鍵を閉め、ベッドに潜り込む。
私の奇行に(他人から見れば間違いなく私は奇行を繰り返しているのだろう。それくらいは理解できる)もう慣れてしまったのか、母は何も言わない。
私は、ただベッドの中で体を抱えて震えていた。

何時の間にか眠ってしまったらしい。精神的に、疲労が余程激しかったんだろう。
鏡を見る。
「酷い顔・・・こんなの浩平に見せられないよ」
空虚だ。何と意味の無い言葉を私は紡いでいるのだろうか。
溜め息をついて外を見渡す。もう朝のようだ。
時計を見る。11月30日8時10分。世の中ではこういうのを遅刻寸前と言うらしい。
着たままで寝てしまったが為に、皺だらけになった制服を慌てて整え、朝食も採らずに家から飛び出す。
こんな朝でも、やっぱり空は爽やかに晴れ上がっている。
それが、逆に何とも言えず悔しかった。
学校への道を走る。ペースは体が覚えている。ただ、隣に走っている筈の人だけが足りない。
心は上の空だった。
当然、十字路の横から走ってくる人影に気付く筈など無い。
衝突。
私は後ろに倒れ、背中をぶつけた。
痛い。
が、相手はもっと酷そうだ。私を避けようとしたらしく、完全にバランスを崩していて、奇妙な体勢で倒れ込み、鞄の蓋が開いて、荷物は大きく散乱していた。
「ご、御免なさい」
私はそう言うと、立ち上がって荷物を集め始める。
「痛いな〜って瑞佳じゃないの」
七瀬さんだった。
「本当に御免ね」
「もう。走っているときくらいぼーっとしてないでよ。気をつけてよね。ってあれ?何か前にも・・・気のせいか?」
何かを、思い出したような、或いは何か忘れていることに気付いたような。
でもそれを、彼女は自身の内部で概視感として完結させてしまったようだ。
まただ。何故また私に現実を突きつけようとしてくるのだろう。
「本当に何も覚えてないの?」
思わず口にしてしまった。
七瀬さんは怪訝そうな顔をする。
「どういう事?」
こう返ってくるのは判っていた。だから言いたくなかった・・・。
余計に痛くなるだけだから・・・。

ダッタラ、コワレテシマエバイイ。コワレテシマエ。

(またっ?)

ダッタラ、クルッテシマエバイイ。クルッテシマエ。

(もう止めてお願い。私を・・・私を壊さないで)

ドウシテ?ヒトハ、コワレテイクモノナンダヨ?

まるで、何か電波でも浴びせられたかの様な感覚。
心臓を鷲掴みにされたかのような恐怖、痛み。
私は頭を抱える。

「あなたを、壊さないわ」

(えっ?)

もう一つの声。
今度は、はっきりと判る。自分の内側の、どこかから生じてくる声だ。
でも、それは、確かに「聞こえてきたもの」だった。
つまり、安堵感を与えるもの、ではなく、自分の中に巣食うもう一人を感じさせる、恐怖の対象として、私はそれを感じた。
恐い。恐い。恐い。恐い。
そして、手に持った七瀬さんの荷物を放り出して、また、逃げ出した。
「ちょっと、瑞佳〜」
後ろからの声。
気にしている余裕はなかった。
ただ、ただ逃げる。逃げたい。それだけだった。

私は、どこまで耐えられるんだろう。
この、声に。
この、誘惑に。
でも、負けるわけにはいかなかった。
浩平・・・浩平・・・逢いたい。
もう一度、逢いたい・・・。
私に残されたのは、それだけだった。







ども。お久しぶりです。涼です。
完全に雫(^^;
クリスマスまでに完結しそうにないし、ネタもクリスマスにならなそうな流れ。
まあお付き合いください。
次回は"Nostalgia"出来るだけ早く仕上げるつもりです。



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