―生きていく上でルールがあるとすれば
それは何かを失いそれでも笑っていなきゃいけない



終わりの季節


by 涼(a_saito@din.or.jp


Vol2 "Nostalgia"

12月2日は、朝から冷たい雨の降る、嫌な天気だった。
私は、何とはなしに、NHKの天気予報に耳を傾ける。
「本日は全国的に雨模様、北海道では雪になる見込み・・・」
テレビを切る。ただでさえ憂鬱なのに、余計に憂鬱にさせる予報だ。
少し早いが、他にすることがある訳でもないので、もう出かけることにする。
浩平がいなくなってからというもの、朝の時間をいつももてあますようになっていたのだ。

傘を取り出して開き、歩き始める。
雨はリズミカルに傘を打つ。気分に依っては心地よいその音も、今の私には鬱陶しいだけだった。
ふと、いつもは気にも留めなかった空き地が目に入って来た。
正確には、空き地の中佇むピンク色の傘が目に入って。
私は立ち止まった。
見覚えがあった。
確か、里村茜さん。
クラスメートだ。
里村さんもこちらに気付いたのか、振り返った。
数秒間の沈黙。
雨の音のみが、ただ変わらずに小さく。
耐えられなくなって、私の方から口を開いた。
「里村さん、何をしているの?」
里村さんは、一瞬怪訝そうな顔をした後、口を開く。
「待っているんです」
「そっ、そう・・・」
「あなたも、待っているのですか?」
「えっ?」
すべてを見透かしているかのような里村さんの瞳。
いや、本当に見透かしているのかもしれない。
里村さんは、明らかに、何か、知っていた。
「私は、ここで、ずっと、待っています。あなたも、そうなのですか?」
「・・・」
私は何も、言えなかった。里村さんの声色に、表情に、雰囲気に、圧倒されてしまっていたのだ。
答えがないのを確認するかのように私を一瞥した後、里村さんは、一語一語確かめるように語り始めた。
「幼なじみが、いたんです。詩子―私の友人です。と、あの人。私たちは、いつも、一緒でした。私は、幸せでした。傍にいつも、あの人がいたから。退屈で、変わり映えしなくて、でも穏やかな日常。会えばいつも口喧嘩で、毎年クリスマスパーティーを開いて大騒ぎして。そんな日常の一コマ一コマを、私は何よりも愛していました。だから、あの人も、きっと、幸せだと思っていました。でも、でも・・・」
溢れ出てくる感情の奔流をを無理矢理抑えているかのような、それはまるで、強風の中必死になって歯を食いしばり、前を向いているかのような。
「最初は、詩子でした。詩子があの人のことを忘れて、それからクラスメートも・・・気がついたら、もう、あの人のことを覚えていたのは、私だけでした」
辛そうな表情。今まで見た、どんな表情よりも。それは。
「そして、今日みたいに嫌な雨の降る日に、あの人は、消えてしまったんです。私は、消えていくあの人を前に、何も出来なかった。ただ、泣いていることしか・・・」
言葉を区切り、私を真っ直ぐに見つめる。
やはり、里村さんは、すべて知っていたのだ。
「あの人が消えるのと共に、あの人の記憶が薄れていくのがわかりました。それでも、あの人の存在を繋ぎ留めたくて、あの人のことを考え、溶けていくかのように消えていく想い出の一つ一つを、何度も心に刻み直して。私は必死になって努力しました。誰よりも、近くにいた筈なのに、誰よりも、知っていた筈なのに、誰よりも、大切な人だった筈なのに、記憶が少しずつ、逃げていって、ある日突然、忘れてしまいそうで、忘れたことさえも、忘れてしまいそうで。それが、それが恐くて、苦しくて」
制服が肌に張り付いて、不快な感触がする。気付かぬうちに、傘を取り落としていたらしい。しかし、拾いなおす気さえ起こらなかった。
「そして、私はあの人のことを忘れませんでした。今でも、想い出の一つ一つを話すことだって出来ます。でも・・・私があの人のことを忘れなかったら、きっと帰ってきてくれると信じて待ってたのに、あの人は・・・」
それは、恐怖だった。私の心をまた、恐怖が覆いつくしてゆく。
最後まで話を聞いてはいけない。絶望を、知ってしまってはいけない。心のどこかがそんな事を。しかし、私は、逃げられなかった。
そして、里村さんは、口を開いた。
「帰ってこなかった・・・」
その言葉の重さが、込められた想いが、私には痛いほど判って、辛かった。
そして、絶望・・・。
里村さんの心を捉えているのは、間違いなく、絶望だった。
そして、それは私の心をも侵食しつつあった。
「あの時からの私は、あの人との美しい想い出の中で生きているようなものでした。あの日々に帰りたい。そして、今は想い出となってしまったあの日々、それが永遠だったらと」
そこで言葉を区切り、私を見つめる。まるで、問い詰めているかのように。
「そうやって、私は今までずっと待ち続けてきました。そんな今までの日々は、意味のあるものだったのでしょうか?そして・・・」

ムイミダヨ。ヤットキヅイタノカイ?

「えっ?」
里村さんが声をあげる。彼女にもそれは、「聞こえた」らしい。
怪訝そうな表情を少し浮かべてから、続けた。
「そして、永遠は本当にあるのでしょうか?あの人は消える前、よく言っていました。『永遠ってあると思うかい?』と」

エイエンハアルヨ。テヲノバセバホラ、スグニテニイレラレルトコロニ。

里村さんは顔面蒼白になって呟いた。
「長森さん。あなた・・・一体・・・」
それどころではなかった。
押し流されていく意識。
蘇る失われた記憶。
私は何時の間にか、譫言のように呟いていた。
「髪の短い長身の男、青いセーターがよく似合う。この日常から逃れたい?何故?親友の自殺?ほんの数度しかあったことのないあいつ。何故死を選んだ?癒し?永遠?永遠はあるの?そして・・・」

エイエンハアルヨ。

気がつくと、里村さんは私の肩を揺すっていた。
「あなただったのですね?」

ソウダヨ。カレヲケシタノハワタシダヨ。

(やめて、もう・・・)

心が悲鳴をあげる。言葉は止まらない。

カレガソレヲノゾンダ。ダカラ、ソレヲカナエタダケ。

(お願い、誰か、止めて)

「だめ、もう止められない。このままじゃ飲み込まれる・・・」

もう一つの声。それは、私の絶望を深めるだけで。
里村さんは、尚も問い詰めるように。
「あの人は、あの人はどこに行ったのですか?どうしたらあの人に会えるんですか?そして、あの人は本当に永遠を手に入れたのですか?」
「里村さん・・・落ち着いて・・・」
何とか声を絞り出す。しかし、それもまたあの声に掻き消される。

ワタシガツクリダシタセカイ。テイシ。ソレヲエイエントワタシハヨブ。

「それで、あの人は、本当に消えてしまったのですか?」

ソウダヨ。ダカラ、マッタッテムダナンダ。

それはきっと、里村さんにとって、一番聞きたくなかった言葉。そして、一番聞きたかった言葉。
「あの人に、会うことはもう出来ないのですか?」

ワタシニハデキルヨ。

「誘惑に乗っては駄目。それは望んではいけないこと。人は、永遠を手に入れることは出来ない。だから・・・」

もう一つの声は、余りに弱く、すぐに掻き消される。

オイデ、エイエンハアルヨ。ココニ。

「止めて。それではあなたは・・・」

「はい」
里村さんは肯く。
盟約の成立。
「里村さん・・・」
名前を口にする。それさえも、次の瞬間には記憶から、流れ出るように消え始める。
「長森さん」
里村さんは、もう一度私を正面から見つめる。
「ありがとう。私、もう疲れました」

サヨウナラ。

そして、里村さんの姿は、一瞬にして消えていった。
その瞬間、私の意識は完全に途切れた。

気がついたとき、私は空き地の真ん中で倒れていた。
雨は殆ど止んでいたが、制服は雨水と泥に塗れて酷い状態だった。
そして、それ以上に酷い頭痛。
周りを見ると、放置された傘が二本転がっていた。
一本は私の傘だ。そして、
そして、ピンク色の傘。
記憶が鮮明に蘇る。
里村さん。
そして、今まで封印してきた過去。
それが正しいとするならば、浩平を消したのは私だったのだろうか?
自問する。が、答えは返ってこない。
「彼ら」は眠りについているようだ。
何と無く判る。
種々の疑問を取り敢えず置いておき、立ち上がって家路を急ぐ。
間違いなく風邪をひきそうだ。
(さようなら、里村さん)
心の中で呟く。
「ありがとう」その言葉だけが、私にとって救いだった。







ども。洒落にならないほどお久しぶりです。涼です。
こんなに間が開くとは・・・(泣)。
言い訳させてもらうと、試験で忙しかったんです。
進級がかかっていたもんで。(未だ終わっていないけど)
それに、インフルエンザで寝込んだりとか・・・。
本当に大変でしたよ。皆さんも風邪には注意してくださいね。
次回は "Learn to be Still" 本当に急ぎますんで、見捨てないでくださいね(^^;



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