―僕たちが送るメッセージの中には
沢山の矛盾がある
(僕達は問い続ける)
此処からどうやったら抜け出せるのか?
僕達は何処へ落ち着くべきなのか?



終わりの季節


by 涼(a_saito@din.or.jp


Vol3 "Learn to be Still"

それから結局、私は風邪を拗らせて寝込んでしまった。
意識が朦朧とし、体の節々が痛み、何枚重ね着をしても寒気が止まらなくなる。
体温計の目盛りは39度を下回ることはなく、頭に置かれた濡れタオルはすぐに体温と大して変わらないほどに温められてしまう。
そして、徐々に感覚が麻痺していくかのような状態に陥り、終には意識が完全に途絶えた。眠りに落ちたのか、或いは気を失ったのか、自分自身で理解出来るような状況ではなかった。

一つの、扉があった。
見覚えが、あるような、でもそれは、多分既視感で、そう理解できるのだが、それでも私は、いつも自宅の扉を開くのと同じような感覚で扉を引いた。
まるで、論理的に矛盾しているのを知りながら、それでも目の前にある事実(この表現自体が奇妙なものであるが)を自然に受け入れてしまう夢の世界のようだ。
そういう意味では、やはり私は夢をみていただけなのかもしれない。
扉は、何の抵抗もなく開く。
私は、迷わず開いた扉をくぐり抜ける。
そこは、漆黒の闇だった。
視界は完全に閉ざされ、距離感も一切掴めない。
すぐ傍にあった筈の扉さえも、全く所在が判らない。
否、そもそも、自分が真っ直ぐに立っているのかどうなのか、それすらも判ってはいなかった。
それでも、浮かび上がる一つの姿が、はっきりと目に入った。
少女の姿。
少女は、宙に浮いているように見えた。
尤も、そもそもその浮いているという見た目自体、私のいる位置から相対的に見て浮いているように見えるというだけのことで、私自身何処に居るかということがよく判っていない以上、当てにならない事ではあったのだが。
少女は、ゆっくりと口を開く。
「一応、はじめましてと言っておくわ。長森瑞佳さん」
「一応?」

ソウ、イチオウ。デモ、アナタニハワタシガワカルデショ。

突然、無機質な声に変わる。
あの声。私を責め苛んできたあの声。
「あなたが、そうだったの・・・」
不思議と驚いていなかった。
驚きに慣れてしまったのか、それとも、知っていたからなのか。
「そうよ。あなたが、あの時産み出したもう一人のあなた。それが私よ」
だから、その次の言葉も意外ではなかった。
「それじゃ、あなたは私なの?」
「厳密に言うと違うわ。例えば、私はあなたを見続けてきた。あなたは、私についてつい最近まで全く認識していなかったでしょ。そして、あなたが封印しているすべてを私は知っているのよ」
「何が言いたいの?」
論点をずらされているのを感じ、私は少し声を荒げた。
「そうね、真面目に言いましょうか。でもね、今言ったことはすべて事実よ。・・・まあいいわ。さっきの質問の答えね。やっぱり厳密に言うと違うわ。私はあなたのコピーなのではなく、あの時あなたから分裂して産み出された者よ」
「つまり・・・」
「そう。あなたが封印し、切り離した部分から私は生まれた。そして、あなたの中で見、聞き、感じるうちに、私にはなかったあなたに関する記憶などを埋めていった」
私自身の空白が、少しずつ私の目の前に現れてくるような感覚。
私は興奮して更に問い掛ける。
「封印って何なの?それからあの時って・・・」
「あなたは何故封印し、切り離し、私を産み出したか。それを考えることね」
また、要領を得ない返答。私は少し苛立っていた。
「お願い。質問に答えて」
彼女は、悪意に満ちた笑いを私に見せた。
少なくとも、私はそう感じた。
「知らない方がいい事、記憶してしまっては耐えられないこと。あなたはいずれ、それと向かい合うことになるわ。その時に」
徐々に世界がぼやけてくる。
漆黒の闇の中から真っ白な濃い霧が発生したかのように。
そして、完全に視界は閉ざされた。

気付いたとき、私はセピア色の世界にいた。
冷静に考えてみれば、これ程馬鹿げたことはない。
だけど、私はそれを過去の世界として、何も不自然に思うことなく受け容れていた。
そう、そこは過去の世界だった。
妙に視点が低いような気がする。
それはおそらく、子供の時の私の視点。
幌付きのトラックの荷台なのか、細かく、時には大きく揺れる地面、閉ざされた空間。
そして私の周りにいる人達。

「お姉ちゃん・・・。」

私は思わず口にしていた。
一人の女性が振り向く。
黒髪の、と言うより漆黒の髪という言葉の方が相応しいように思える、長髪、長身の女性が振り向く。
間違いない。
お姉ちゃんだ。
10年以上、私は一人っ子として育てられてきた。
にも関わらず、私はその一回りは年上であろう女性を姉と認めていた。
「何?瑞佳」
お姉ちゃんは優しく微笑みかける。
懐かしい。何もかも、覚えているわけではないのに、懐かしい。
脳は記憶を失ってしまったが、身体が覚えている。そんな懐かしさだ。
だけど、そんな懐かしさは、一瞬後には恐怖に変っていた。
私を見る他の人々の視線に気がつく。
皆が静かにしていたのに声をあげた。それを咎める刺すような鋭い視線。だったらまだよかった。
私を見る人々の視線には、まるで生気が感じられなかった。
私の顔は恐怖に引き攣る。
それを見た、お姉ちゃんが、頬を寄せるようにして、耳元で囁く。
「どうしたの?何か恐い夢でも見ていたの?」
夢・・・。今までずっと恐い夢を見続けてきていたのかもしれない。
そして、今、漸く目覚め、真のいるべき世界に帰ってきたのかもしれない。
そう。此処こそが私のいるべき場所。

刹那、浩平の顔が、想い出が、私の心を埋める。
違う。違う。違う。違う。
私のいるべき場所は他にある筈だ。
今は誰も待っていてくれないが、私が待っていなくてはいけないんだ。
大きく首を横に振る。
それから怪訝そうな顔をするお姉ちゃんと向かい合う。
・・・初めて気がついた。
お姉ちゃんの優しく微笑む顔。
そこに微かに浮かぶ憂い、疲れ、そして、絶望。
「お姉ちゃん・・・哀しそう・・・」
私は呟いた。
お姉ちゃんは少し驚いたような表情を見せたが、すぐに元の表情に戻り、
「大丈夫。瑞佳は何も心配することないの。問題は先生がすべて解決してくださるわ。それにね、折原の叔母様もいらっしゃられるそうよ。だから、安心していていいのよ」
「折原の叔母様?」
声が上ずるのを感じたが、抑えようもなかった。
「そうよ。折原の叔母様。あなた、大好きだって言ってたでしょ」
私はすっかり混乱していた。
折原の叔母様とは、浩平の母親のことなのだろうか?
だとすると、私と浩平は従兄弟ということなのか?
それとも、叔母様というのは単なる呼称に過ぎず、血縁関係があるというわけではないのか?
そして、先生とは一体・・・?
様々な疑問が浮かび、お姉ちゃんに更に問い掛けようとした時、トラックと思しき私の乗っていた車両は停止し、係員らしき男が私達に降りるように指示した。
指示通りにお姉ちゃんと共に外に出る。
やはり暗い。
どうやら室内の駐車場らしく、他にも私達が乗ってきたのと同じようなトラックが並んでいた。

男の指示通りに車両から降りると、私達は、一列に並ばされた。
そして、男は手続きがどうのこうのと言っている。
不気味な感じではあったのだが、自分が何処にいるのかよく判っていない以上、無闇に動くのは危険だと判断し、大人しくお姉ちゃんの後に続いて並ぶことにする。
先頭から一人ずつ、3分置き位で小さな入り口から入っていく。
やはり皆終始無言、そして、無表情だった。
私は、強い違和感を感じていた。
皆無言。生気のない目をしている。
それは判っている。
でも、それだけじゃない。
何か変だ。
何処かおかしい。
繰り返し、注意深く周囲を観察する。
そして、気付いた。
どの人も、妙に顔が浮腫んでいるのだ。
(まさか、薬物・・・?)
血の気が引いていくのを感じる。
ここは、危険だ。
私は、お姉ちゃんのシャツを引っ張り、呼びかけた。
「お姉ちゃん。瑞佳、帰りたい」
お姉ちゃんは少し困ったような顔をした後、しゃがみ、私と視線の高さを合わせ、窘めるように言った。
「瑞佳、我が侭言っちゃ駄目でしょ。前からここに来るって言ってあったんだから。それにね、帰るって言ったって、次にトラックが此処から出るのが何時かも判らないのよ。だからね、無理言わないでいい子にしていてね」
トラックがないと帰れない。そして、そのトラックも何時出るか判らない。
完全な隔離施設だ。
となると、恐らく内部には厳重な警備が布かれ、出入りなど全く不可能になるだろう。
判ってはいる。
でも、為す術がない。
私のような子供が薬物の危険を訴えたところで、どうにもならない。
逆に笑い飛ばされるだけだ。
そもそも薬物の疑惑だって憶測でしかない。
有効な打開策が見つからないまま時だけが流れ、段々に列が短くなり、私達の前の人々が減ってゆく。
私は無意識に、お姉ちゃんのシャツを端を強く握り締めていた。
「大丈夫。心配しなくてもいいのよ」
それに気付いたお姉ちゃんはまたそう言う。
しかし、心配するなと言える根拠は何なのだろう。
私の前に現れた状況、その総てが私に危険を知らせる。
けれども、結局何も為し得ないまま、私達は列の先頭になり、そして、小さな部屋に案内された。
扉をくぐる。
空気が変る。
まるで、この扉が異世界への入り口であるかのように私は感じた。
そして、私はそこに一歩を踏み入れた。







ども。涼です。
これ自体、出来たのは結構早かったんですけどねぇ。
#と言っても長くなってしまったので、キリのいいところで区切っていますが。
ヨドバ○カメラのお馬鹿さんのせいで、ISDNの工事が思いっきり遅れて・・・。
まあ3月になれば、ネットに常時つなげられるようになるんで、ペースは上がると思います。
それでは次回、"I'm Searchin'"にて。



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