I Wish ...
なべの蓋を開けて、味を見る。
「おいしい」
碇司令の遺品を整理していたら出てきた、ユイさんの料理メモ。
おせち料理やパーティー料理から、普段の食事やお弁当用のものまで。
何でもそろったユイさんのメモのおかげで、私はどんどんレパートリーを増やしていった。
今年は碇君……じゃない、兄さんに手伝ってもらわないでも、正月料理を作れそうだ。
最後の料理を重箱に詰め込んで、時計を見る。
11時45分。
兄さんとアスカが来るのは年を越してからだから、微妙に時間がある。
最後の確認に部屋を見回す。
掃除はちゃんと済ませた。
「年越した蕎麦(命名:アスカ)」の準備もしてある。
例のビーカーは昼間、たっぷり時間をかけて洗った。
奇麗な水を張って、窓際においてある。
ビーカーのある窓から月が見えた。
満月なのだろうか。
大きな月が、白く輝いている。
窓を開け放つ。
冷たい空気が部屋の中に入ってくる。
かなりの人口に戻ったこの街だが、不思議と人の気配は感じられなかった。
!!
背中に気配を感じ、振り返る。
「やぁ、驚かせてしまったかな?」
そこに立っていたのは、白皙の肌、赤い目、銀の髪をした、私と同じ、あの人だった。
「何故……あなたがここにいるの?あなたは……」
「そう、あの時、君も見たように、僕はシンジ君に殺された。
だから、まぁ、幽霊というところかな?
今は境界の時間だからね、僕みたいなのが出るにはもってこいなのさ」
「そう」
言葉が出ない。
あの頃のような口調になってしまう。
そういえば、彼はあの頃とまったく変わらない印象を与える。
あの後、誰もが変わったが、タブリス……カヲルと呼んだほうがよいのだろうか?
彼はあの頃のままなのだろうか?
だとしたら……
「違うよ
今日は挨拶に来ただけさ
当分の間、僕の出番はないよ
……正確に言えば、僕の仕事の出番は…かな?
僕はあの時、死んだのだからね」
ネルフ関係者の消息をひとしきり尋ねた後、彼は部屋の中を見回す。
と、机の上の3人分の料理に目を留めたようだった。
『おいしそうだね』と呟いて、私に尋ねる。
「シンジ君とアスカちゃんは一緒じゃないのかい?」
「アスカと……兄さんはもうすぐ来るわ」
「兄さん?ああ、そういうことにしたんだね」
彼の言葉に頷く。
「シンジ君には、ぜひ会いたいところだけど……残念ながら、もう時間がないな……」
彼が指した時計は、後数分で年が改まることを示していた。
「質問ばかりで恐縮だが、最後に一つだけ……君は今、幸せかい?」
兄さん
アスカ。
ユイさんの料理メモ
窓際のビーカー
机の上の料理
窓から入り込む冬の空気
「私は……私達は……幸せよ……」
「それは良かった」
そう言って、彼は微笑んだ。
その微笑みは兄さんのものにどこか似ていて
あの頃の彼が浮かべていた、あの笑いではなかった。
「じゃぁ、もう帰らないと……
シンジ君によろしく伝えといてくれないか?」
頷いた私は、最後に1つ、彼に尋ねた。
「どうして……どうしてあなたは人間にならなかったの?」
私と同じなら、彼も人間になることが、人間として生きることが出来るのに……
「君達と同じだよ……
僕もまた望んだのさ……
第17使徒タブリスとして死ぬことを
第17使徒タブリスが死ぬことを……」
私に背を向けたまま、彼はそう言った。
窓の向こうの月を見つめている彼の横に立つ。
「さようならなんて言うなって、兄さんは言ったわ。
またいつか……渚カヲル……」
「ああ……また次の機会に……」
そう言いながら、彼の姿は薄れていった。
開け放った窓から鉦の音が聞こえた。
1月の競作テーマ「年越し」の作品です。
うーん、レイは難しい……
話の流れとしては12月の「Oramus Filis」を継承しています。
もうちょっと、こんな感じで書いてみるつもり
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