let me to the musiam

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「冬弥君。今日、時間ある?」
 サークルのコンパで朝帰りをした俺を叩き起こしたのは、理奈ちゃんからの電話だった。
「今日、仕事の予定が入ってたんだけど、兄さんの都合が合わなくなって……でね、もし冬弥君が良ければ……」
 つまりはデートのお誘いらしい。
 前置きが色々あるのは誰かに対する配慮なのだろう、由綺か俺かそれとも
「予定があるわけじゃないし、良いよ」
「ありがと。じゃ、12時に冬弥君の大学の正門で」
 そう言って理奈ちゃんは電話を切ってしまった。
 しかし、大学の正門なんかでどこに行くつもりなんだろう?



 ともかくも、12時待ち合わせなら、すぐに準備をしなきゃならない。
 シャワーとコーヒーで酒臭さと眠気を落として、早目に家を出た。
 途中、土日でも開いているATMによって資金を補充しておこう。
 理奈ちゃんがどこに行くつもりか解らないけど、この前みたいに奢ってもらうのも良くないだろう。



 大学の正門の前に行くと、すでに理奈ちゃんはそこにいた。
「早かったわね」
 俺を見つけると軽く走ってきて、微笑みながら言った。
「あれ?今日は変装してないの?」
 今日の理奈ちゃんは髪形を多少変えているだけで、サングラスや帽子はない。
「必要無いのよ……もうそんなに有名人じゃないし……」
 理奈ちゃんは近頃仕事を抑えている。
 英二さんの新作はほとんどが由綺の曲だし、TVでも見かけない。
 回転の速いあの業界の中では既に過去の人になりつつある。
「あの、悪いこと言ったかな?」
「良いのよ、私自身が望んだことだから
 それに、あんな怪しい格好じゃ、冬弥君も迷惑でしょ?」
 前にコーヒーを飲んだ時のような眩しいまでの印象は確かに薄れている。
 そして、今の理奈ちゃんの印象は、まるであの頃までの由綺のような……
「それで、どこに行く?」
「あ、こんな所で待ち合わせするから、理奈ちゃんに心当たりがあると思ったんだけど……」
「別に無いわよ。大学の近くなら冬弥君も出てきやすいと思っただけ」
「確か、県立だかの美術館が近くにあったけど……」
「じゃ、そこにしましょ」



 美術館の敷地の前は何度も通っているけど、実際に中に入ったのは始めてだ。
 田舎の称号を返上しようとしたのか、建物は壮大に造られたようだ。
 柱廊回廊に囲まれた中庭がある所を見ると、ギリシア風なのかもしれない。
 もっとも、中に入れるべき物はそれほど無いらしく、巨大な自動ドアを通って入ると、これまた広いエントランスホールがある。
 このホールの一角に、インフォメーションと兼用の券売所があった。
「常設展:大人200円・学生150円・中学生以下100円」
 理奈ちゃんが小声で読み上げて、ふふっ、と笑う。
「正直で良いじゃない。常設展、学生1枚と大人1枚、よろしくね」
 理奈ちゃんに待ってもらって、券売所でチケットを買おうとすると、何かの期間中で常設展は入場無料だといわれた。
 その事を告げると、「これじゃ、文句は言えないわね」と言って、理奈ちゃんはもう一度笑った。

「良いものそろえてるじゃない。1つでも気に入ったものがあれば、それで十分よ」
 展示品は多いわけでもないし、有名作家ではなくて地元出身者を優先して選んでいるようだった。
 その事を気にして見せた俺に理奈ちゃんはそう言った。
「……気に入ったのって、もしかしてさっき買ってた絵葉書の?」
 喫茶コーナーに入る手前の売店で、理奈ちゃんが熱心に絵葉書のコーナーを見ていたのを思い出した。
「……これね」
 理奈ちゃんは手元においていた封筒から一枚の絵葉書を取り出した。
「色使いと線がちょうど今の季節みたいだったから……」
 その「緑の中庭」と題された絵は、確かに今の季節のような暖かさを感じるものだった。
 あるいはそれは理奈ちゃんが持つ暖かさに通じるものかもしれない。





「それじゃあね。今日は楽しかった」
 大学の近くの駅の改札で、理奈ちゃんは今日一番の笑顔と共に帰っていった。

 暖かい春も終わり、暑い夏が来る。







一日遅れで間に合いませんでしたが、五月テーマのSSです。
この文のための取材(笑)はゴールデンウィーク中にやったんですけどねぇ

なお、「緑の中庭」はパウル・クレーの作品で宮城県立美術館に収蔵・展示されています。



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