マルチのお年玉


by いたちん(faw@orange.ocn.ne.jp


 大掃除の後のホームルームが終わった。
 今日は年が変わってはじめての学校。
 つまり、始業式があったわけだ。
 最初の日なので午前中で学校は終わる。
 となると、そろそろ奴がやってくる。
「やっほ〜。志保ちゃんの登場よ〜」
 やっぱり来た。
 それにしても妙にテンションが高い。
 普通、休み明けの学校っていえば体がだるそうにしてるのが普通だ。
 今の俺みたいに。
 志保はあかりを拾って俺の所にやってきた。
「ヒロ。もちろん帰りに遊んでくでしょ?」
 やはり予想通り。
 俺もそのつもりだ。
「ああ、雅史は……どうする」
 振り向いて斜め後方の方の席の雅史に声をかける。
「うん。僕は部活があるから」
 これもいつもの答えである。
 新学期早々に部活とはよくやるものだ。
「じゃぁ、仕方ないな。このメンツで行くか」
 俺はかばんを持って席を立った。
「あ、浩之ちゃん。待って〜」
 教室を出ていった俺と志保に対し、あかりは自分の席にかばんを取りに行ったため遅れている。
「早くしないとおいてくぞ〜」
 そうあかりに言って、階段を降りる。
 すると、階段を降りたところでモップがけしようとしているマルチがいた。


「よぉ、マルチ」
「あ、浩之さん。こんにち……じゃなくて、あけましておめでと〜ございます〜」
 律義にも新年のあいさつをしてくるマルチ。
 去年と全く同じだ。
 マルチの新年バージョンとか、お正月バージョンはないらしい。
 マルチの所でちょっと立ち止まっている間にあかりが追いついてきた。
「はぁはぁ……」
 こんなことで息を切らせている。
「浩之ちゃんと志保先いっちゃうんだもん……追いつくの疲れたよ」
 別に走って逃げたわけではないんだが……
「あかりさん。あけましておめでと〜ございます〜」
 あかりにも同じように挨拶する。
 ん?
 そう言えば志保にはしてないな。
 マルチにも人の好き嫌いがあるのだろう。
 うんうん。
 人を見る目が育ったということか。
「なにうなずいてんの? ヒロ」
「いや、なんでもない」
 俺の心を読んでるような絶妙なタイミングでも志保のつっこみに俺は冷静を装う。
「にしても、あかり。こんなことで息切らすとは正月ずっと寝てたな?」
「そんなことないよ」
 あかりは即座に否定する。
 ま。あかりの場合そうだろうな。
「それは自分の事でしょーが」
 ポツリと志保が何かを言ったが無視することにしよう。
 その時、この会話にマルチが入ってきた。
「お正月ずっと寝てたんですか? 私といっしょですね」
「寝てたのか? マルチも」
「はい。研究所の方がみなさん休みで管理の関係で電源を切っていたんです」
 なるほど、充電とかメンテする人がいないんだな。
 理屈は分かるが。
「え? それってなんだかかわいそうだね」
 あかりがそんな感想を漏らす。
 そうだ、マルチにとってみれば、寝て起きたらいつのまにか年が明けていたって感じだろう。
「そんなことないです〜。その分主任さんからお年玉もらいましたし」
 マルチはポケットをごそごそと漁るとうさぎの絵が入ったお年玉袋を取り出した。
「ひょっとして、ハズレって紙が入ってたりしないか?」
 あるいは玉がはいってて……
「ちゃんと入ってますよ」
 そういってマルチは中をちらりと見せてくれた。
 その瞬間、志保の目が輝いた。
「ね、今日はマルチも入れてパーっといこうか?」
 ……おい
「おまえメイドロボにたかる気かよ」
 あかりも、志保に非難の目をむけている。
「や、やーね。冗談よ」
「別にいいですよ。私はそんなに使い道ありませんし。浩之さんたちに喜んでもらえるなら……」
 ごまかしモードに入っていた志保の目が再び輝く。
「と、いうことでレッツゴー」
 志保に引っ張られていくマルチ。
 俺とあかりはマルチの掃除道具を片づけてから、2人を追いかけた。


「で、なんでヤックなのよ」
 ヤックで昼食を食べて、外に出たところで志保がまだ何か言っている。
 ヤックに入ったあたりからずっとこうだ。
「おまえ、何食うつもりだったんだ?」
 人のおごりの時は高いものを食うという根性は納得できる。
 俺もそうだ。
 だが、マルチのお年玉でそんなことしようとはさすがに思わない。
 あるいはこいつの事だから最初はなにかと理由をつけて俺におごらせるつもりだったのかもしれない。
 マルチのお年玉を見て予定変更したものの、どうせヤックなら最初の予定の方がよかった……とかそんなところだろうか。
 ……俺にも志保の思考が読めるようになってきたかな?
「じゃ、この後どうする……」
 ゲーセンかカラオケにでも行くかと3人に声をかける。
 だが、そこにあかりと志保はいたが、マルチがいない。
 ちょっと後ろを見ると店のショーウィンドーに張り付いている。
「おーい、マルチ〜」
 俺達はマルチの所に行って、マルチが見ている物を眺めた。
 それはうさぎのぬいぐるみ……いや、被り物だ。
 ……しかも、これは……
「気に入ったのか?」
「はい」
 うーむ。
 こんなマルチは始めてだ。
 俺は値札の方を見る。
 こういうものは案外50万円とか法外な値段が付いていたりするものだが……
 『不要になったので大放出 9000円』
 とあった。
 ……
 俺は振り返って志保の肩をポンとたたいた。
「買ってやれ」
「なんでよ」
「お前がマルチからたからなければ、マルチはお年玉であれが買えたんだ」
「たかったのはヒロも一緒でしょっ」
「言い出したのはお前だ」
 俺と志保のやり取りをマルチは真剣な目で眺めている。
 普段なら『そんなことしてもらわなくてもいいです〜』とか言ってきそうだが……
 それ程までにほしいのか。
 マルチの目は完全に期待していた。
 こうなると、最終的に決定権を持つのはあかりだ。
 俺と志保はあかりの方を見た。
 そして、決定した。


「はぁ〜」
 志保がため息をついている。
 ヤックで使った分だけ返済という提案をしたが、俺と(主に)あかりの視線攻撃によって、丸々マルチへのプレゼントという形になった。
 志保にとっては大損。
 マルチは大喜びである。
「よかったな、マルチ。これで今日からお前もラビット鈴木だ」
「はい、うれしいです〜」
 俺の理解不能の言葉にもこんな反応だ。
 マルチは11桁うさぎの被り物をしながらあかりと楽しそうに歩いていた。







あとがき〜

落ちは11桁(笑)
ちょっとお題から離れてる気もしますが、大目にみてね〜

私は逃避行動が好きです(謎
普段、SS書こうと思ってもつい他の事をしてしまいます。
が、この度、自分のHPで無謀にも柚木詩子SSの連載を始めてしまいました。
結果、連載SSに対する逃避行動としてこのSSは書かれました。
思わぬ効用(笑)







%管理人より

いたちんさんから、1月の競作を頂きました

11桁ウサギの落ち、最高です
夜中に1人でうけてました……隣の部屋の人ごめん



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