くりかえすクリスマス
昼休み。
窓際の席で浩平はパンの最後の一切れを一気に飲み込む。
くしゃくしゃっ
浩平は食べたパンの袋を丸めるとそれを後ろに放り投げた。
ゴミ箱にはうまく入らなかったが気にしていない。
じろっと、向かい合わせの七瀬が浩平をにらむ。
「ああ、ゴミはゴミ箱に……だな」
その凄みがきいた顔に、浩平はさっといま投げ捨てたものを拾って、今度はきちんとゴミ箱をねらって投げる。
こんどはちゃんと入った。
実際のところ、七瀬がにらんだのはゴミが理由ではなかった。
せっかく、一緒に浩平の机で昼食を食べているのに。
自分のペースにあわせる気もなく、さっさと食べてしまった目の前の恋人に対する無言の圧力だった。
しかし、それに気づかない浩平は自分の鞄からなにかを取り出した。
「七瀬、クリスマスイヴのことなんだが」
「え?なに?」
その言葉にさっと笑顔を作って答える七瀬。
「これ行こうぜ」
そう言って一枚の紙切れを差し出した。
食事の手を止め、弁当箱を机の端にずらしてから七瀬はそれを受け取った。
上から順に目を通す。
『クリスマスイヴ特別メニュー』
(へぇ……)
『恋人たちのためのすてきなディナー』
(ちょっと書き方はださいけど美味しいかも)
『スペシャルクリスマス・キムチラーメン』
(え?)
七瀬は店の名前に覚えがあった。
あの、前にもクリスマスに浩平につれて行かれたあの店だ。
「な、うまそうだろ」
「あほかぁぁぁっ!!」
(……はっ)
七瀬は、おもわず立ち上がって叫んでから周囲を見回す。
誰もが自分に注目している。
どうごまかしていいか分からず、椅子に座り直した。
「驚いたな、そんなに喜んでくれるとは思わなかった」
「誰が喜んでるのよ……」
「決定な」
まるで七瀬の意志を無視して決める浩平に七瀬はあきれた。
もう、こんなやりとりは何度目だろう、と。
「普通クリスマスにキムチラーメンはないでしょうが」
浩平はチラシを指さして答える。
「ちゃんとクリスマス用らしいぞ」
「だからって、ねぇ……」
「なんだ。昔の彼氏はもっと違うところ連れていってくれたのか?」
「だれよ、その昔の彼氏って?」
浩平は思い出すような仕草をしながら……
「ほら、あのベンツのおじさんととか……」
「勝手に話作らないでよっ」
「今のは冗談だが……ほら昔つきあってた男とか」
「あんたが最初よっ!!」
七瀬はまた大声を出してしまった。
しまったと思ってもう遅い。
まわりでひそひそ話が聞こえる。
ちょっと意味深にとれないこともない発言だったからだ。
七瀬もそれを悟ったらしい。
「誤解よ〜」
「誤解じゃないじゃないか」
「あんた、わたしをからかって楽しい?」
「楽しいに決まってるだろう。これが恋人同士の語らいってやつだ」
「絶対に、違う!!」
こんなやりとりをしているうちにいつの間にか、そのキムチラーメンを食べに行くことに決まったらしい。
七瀬、敗北。
クリスマスイヴ当日。
七瀬は不本意ながら浩平とラーメン屋にやってきた。
本当に不本意ではあるが、こなければもっと寂しいクリスマスになるから。
「なんだ、いつもと同じ格好だな。ドレスでも着てくるのかと思えば」
そういう浩平も全くの普段着だ。
「ラーメン食べるのにドレス着てきてどうするのよ」
すでに半分疲れた声の七瀬だった。
二人してラーメン屋入る。
まるで小学生がやったような飾り付けが店内にしてある。
テーブルにつくと、浩平がすぐさまクリスマスキムチラーメンを注文した。
「はぁ……わたし本当にきちゃったのね」
七瀬はいまだこの境遇に納得しきれない様子だ。
やがてキムチラーメンが運ばれてきた。
それは……いつもより山盛りのキムチが乗っていた。
全く麺が見えない。
「これ……どこがクリスマスなのよ……」
「クリスマスなのでキムチの赤と緑を中心に見た目をデザインしました」
その七瀬のつぶやきに、持ってきた店員が答える。
浩平は箸を二本に割ってキムチを食べ始めている。
全く気にしてないようだ。
「はぅっ……説明されても納得できないわ」
「どうでもいいじゃないか、七瀬。うまいんだから」
七瀬もあきらめて食べ始める。
……
「確かに美味しいけどね……」
ラーメンを食べ終わって二人は公園にきていた。
あのクリスマスと同じように。
「今年も……不毛なクリスマスだったわ」
七瀬が悲しそうに夜空を見上げている。
「まだ終わってないぞ。ということでまた踊るか?」
「やめとくわ。キムチ臭いキスしたくないから」
「そうか」
「せめて……来年は普通にしてよね」
半分無駄だと分かっていても言ってみる七瀬。
浩平はちょっと考えて……
「大丈夫だ。今年よりは楽しく感じるだろう」
「本当に?」
ちょっと予想外の返事に驚く七瀬だったが……
「ああ、七瀬をそれまでに完璧に俺色に染めてみせる」
「え?」
「クリスマスにキムチラーメンを喜んで食べれるようにな」
「ひんっ」
あとがき〜
七瀬です。
クリスマスとキムチラーメンというありきたりな(笑)展開です
というか、普段は茜END後以外ほとんど(全く?)書かないのでちょっと苦労しました。
なんか、感じが違う(笑)
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