冬の花火


text by くわね(kuwane@fc4.so-net.ne.jp


 久しぶりの部屋の掃除が一段落して、一息ついたソファーの上からビデオデッキの時計を眺めると5が3つ、きれいに並んでいた。午後5時55分。
 そろそろ来る頃かな。そう思った瞬間に玄関のチャイムが鳴った。
「浩之ちゃーん」
 あかりだ。
「鍵は開いてるー」
 ソファーから立ち上がって、一つのびをする。そしてリビングから廊下に出ると、あかりはこちらに背を向けて脱いだ靴をそろえているところだった。
 その横には、結婚式の引き出物を持って帰るときに使うような幅の広い、頑丈そうな紙袋が置いてあった。なんだろう、とそれを見つめるオレの視線に気がついたあかりは、少し自慢げに「ケーキ、作ってきたんだよ」と言った。
 その袋を受け取って、オレはあかりを掃除したばかりのリビングに招き入れた。
 紺色のPコートを来たあかりは、部屋に入るなりリビングとリビングからつながるダイニングキッチンの中をきょろきょろ見回して、少しさびしそうに言った。
「ツリー、出さなかったんだ」
「物置とか、階段下とか、探しては見たんだけどな、見つかんなくてな」
 オレはそこで言葉を切ると、ダイニングに置かれたテーブルまでの数歩を進み、その上にケーキの紙袋を置き、かわりにそれまでそこにあった白いビニール袋を取り上げた。
「代わりと言っちゃなんだけど、こんなのが出てきた」
 それに小首を傾げるあかり。
 おれは、じゃーん、と自分で言いながら中身を出した。
「それ、花火?」
「大正解」
 一週間前。
 あかりが「クリスマスは浩之ちゃん家、行っていい?」と言ってきた。
 その時点でオレとしては、どこかに行ってもいいよな、ぐらいの曖昧なプランしか持っていなかったから、二つ返事でそれに賛成した。
 さらに志保も珍しく気を利かせてくれて(あれは絶対に天変地異の前触れに違いない)、結局今日はあかりとふたりっきり、ということになった。
 そこで祝日である昨日と、今日の午前中いっぱいを使って滅多にしない大掃除やその他いろいろなことをしたのだが、どうしてもツリーだけは見つからなかったのだ。
「火薬しけったりしてないかなぁ」
「大丈夫だって。ケーキ食べたらやろうな」
「外で?」
「中でやるつもりか?」
「だってだって、今日は寒気団が下がってきててとっても寒いって」
 あかりは少しだけ抵抗を見せたが、結局ケーキを食べ終わった午後9時過ぎに花火をすることになった。
「あかり、バケツ調達してくるから先に出てて」
 花火とマッチをもう一度コートを着たあかりに渡すと、オレは燃え終わった花火を入れるバケツを調達しに、勝手口に向かおうとした。
 瞬間、背中からあかりが大きな声で呼び止めた。
 何事かと思ってそっちにいくと、あかりは窓の開いた部分から足だけ外に出し、フローリングの床に腰掛けるようにして外を見ていた。
「やっぱり、花火やめない?」
 オレが隣に来たことを確認して、白い息を吐きながらあかりが言った。
 オレはあかりの頭の上から窺うように外を見、見つめていたものの正体を知って、その意見に同意することにした。
 雪。
 今年初めての雪だった。
 オレ達は窓を閉めることも忘れて、しばらくのあいだ舞散る雪を見ていた。

(了)







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