雪の降る丘
12月になった。
コンビニの窓にステンシルの雪が降った。カウンターの上には小さなクリスマスツリーが置かれ、自動ドアの上の看板も「特製だしのおでん」から「クリスマス」のそれに変わった。
コンビニだけではなく、街全体が少しずつ、白と赤と緑とに彩られはじめた。
ラジオから流れる音楽にも、毎年お馴染みのメロディが混ざりはじめた。
クリスマス。
去年までなら、バカ騒ぎのひとつでも思い付いたかも知れないけれど、今年はひとりで過ごそう。そう決めていた。
12月24日、クリスマス・イブ。
ちょっと出かけてきます、とだけ言って家を出ようとした俺に、秋子さんが何も言わずにプレゼント用なのか綺麗な紙で作られた、小さな紙袋を渡してくれた。袋を軽く振ると、かさかさという音がした。
中身について質問したけれど、秋子さんは静かに笑って「それは秘密です」とだけしか言ってくれなかった。
ふと、
「開けちゃダメですよね?」
そう聞いてみた。
「ダメですよ」
やはり静かに笑いながら秋子さんがうなずく。
「そうですね。………ありがとう、ございます」
秋子さんに頭を下げると、俺は一番雪に強そうなトレッキングシューズを履き、扉のノブに手をかけた。
「祐一さん。今日の晩ご飯は少し多めに用意しますから」
「真琴の分ですか?」
「クリスマスですから」
もう一度、そうですね。そう答えて、俺は外に出た。
天気は快晴だった。のっぺりした水色の空が頭上に広がっていた。
右肩にかけたディパックの中身を確かめて歩き出すと、足下で雪が鳴った。
最後にこの場所を歩いたのはいつのことだろう。
そう思いながら、足跡一つない坂道に足を進める。
雪でバランスを崩さないように、一歩一歩。
たまに低木の枝と肩が触れ、その上に積もった雪が地面に落ちる。
すっと視界が開ける。
日当たりが良いためか、それほど雪の残らない広い斜面に出た。
街が全て見渡せる丘の上。
さよならの思い出の場所。
ものみの丘。
今年はここでクリスマスを過ごそうと思った。
ずっとここにいるというわけには行かなくても、少しの時間だけだとしても、ここにいたかった。
ディパックの中から、用意しておいた大きな飾り用の靴下を出し、そのひもを手近な木の枝にひっかける。そして包みを二つ、俺が用意した分と秋子さんがくれた分を、押し込むように中に入れる。
それとは別にコンビニで買ってきた、肉まんの入ったビニール袋もその上からひっかける。
このまま帰ってしまっても良かった。けれど、そうしたくはなかった。
真琴がひょっこり現れても良いような気がした。
俺は雪の上に腰を下ろすわけにも行かず、木の幹に寄りかかるようにしてぼーっと街を眺めていた。なぜだかとても遠くからのものに聞こえる喧噪に耳を澄ます。
ふと、がさりと藪が鳴った。
寄りかかった体勢からびくりと体を起こすと、見知った顔が現れた。
よぉ、天野。そう声をかけると、落ち着いた声で「こんにちは」と返ってきた。
「山登りが趣味か?」
「いいえ」
「じゃあ、ひなたぼっこか?」
「違います」
「ま、そうだよな」
よく見ると、天野は左手に桃色と青のまだら模様の印刷された紙袋を提げていた。
「靴下ならこの袋の影にあるぞ」
「そうですか」
親指でビニール袋を示す。それを見た天野が聞く。
「肉まんですか?」
「大好物だったんだ。ケーキより喜ぶかと思ってね」
その答えに天野が少し、微笑んだような気がした。
「ここにいるんじゃないかなって思ったんです」
「俺が?」
こくり、とうなずく天野。
「私も、今年は、そう思いましたから」
俺は、そっか。と小さく答えると、天野が紙袋から取り出した小さな包みを二つ、もう一杯になってしまっている靴下にさらに押し込もうとする様子を見つめた。
「なぁ、肉まん、食べるか?」
「……いいんですか?」
「二個ぐらい怒らないだろ。十個もあるんだし」
そういいながら俺はビニール袋の中からすっかり冷えてしまった肉まんを取り出す。
一つを天野に手渡し、もう一つにかぶりつく。
「つめたいです」
「あきらめてくれ」
一瞬だけ俺達は見つめ合い、それがおかしかったのか、天野はくすくすと笑い出した。俺もつられて笑い出す。
「あ、そういえば」
ひとしきり笑ったところで、天野が空を見上げながら言った。
「メリー、クリスマス。ですね」
そういえば。そうだ、まだ言っていなかったっけか。
俺は大きく一つ息を吐くと、天野がそうしたように、空を見上げながら言った。
「メリー、クリスマス」
(了)
<ひとこと>
皆さんに一つ質問があります。
中合って、どれくらいメジャーな存在なんでしょう?(笑)
いや、名前こそ出しませんでしたが、話の中で天野美汐嬢が持っている紙袋はそこの紙袋をイメージしたので。
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