東浩紀『オールトの天使』

シリーズ<火星のプリンセス>の完結編。

時間を遡って大島麻理沙とのやり直しを提案された葦船彰人が、それを拒否する理由が「二人の娘」であること、娘が存在しない時点からやり直すこと=この栖花を否定すること、の拒否であることが、とても力強い。

そうよね、二人の娘だものね。太陽系の平和よりも、二人の幸せよりも大事だよね。(NOVA8, p.408)

この辺り、時間的・空間的に引き離された少年少女の物語というと、オールトの雲というモチーフも含めて『ほしのこえ』が本作の直接の参照先になるだろうけど、私自身は『ラーゼフォン 多元変奏曲』の紫東遙の台詞を思い出した。

私は神名君と同じ空気を吸いたかった、私は神名君と同じ地面を踏んでいたかった、同じ時間を過ごしたかった、私は、私は、私は神名君と一緒に大人になりたかった。

 『ラーゼフォン 多元変奏曲』はこの嘆きに「あり得たかもしれない姿の垣間見」と「いまここからの再出発」で応えるので、『オールトの天使』とも共通する点もある。ただ、『ラーゼフォン 多元変奏曲』では結局はやり直しの選択肢はないので、やり直しの選択肢を与えられた上で「二人の娘」からそれを拒否する『オールトの天使』とはやはり違う話になる。

さてさて、この「偶然の結果としての今を守るために」「やり直しを拒否」という要素は、ループもの(例えば『Steins;Gate』)作品とも引き比べて考えることができそうで、もっと広げれば東浩紀のキーワードである「確率的な存在」の事を無視するわけにはいかないが、今は保留。